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個人的な映画・本・音楽についての鑑賞記録・感想文です。

「人喰い ロックフェラー失踪事件」 2019

人喰い (亜紀書房翻訳ノンフィクションシリーズIII-8)

★★★★☆

 

内容

  曽祖父は世界一の大富豪、父はニューヨーク州知事で後の副大統領というマイケル・ロックフェラー。23歳の彼がニューギニアで消息を絶った事件の真相を探る。

 

感想

 世界的な大富豪ロックフェラー家の御曹司が未開の地で消息を絶ち、しかもおそらく首狩り族に食べられたのだろうという話は興味をそそられる。 

 

 こういうタイプの本は様々な取材や調査を行ううちに、次第に点と点がつながっていき、最後に真実は何だったのかその結論をいうパターンが多いように思うが、この本では最初に何が起きたのかが明らかにされる。冒頭でいきなりマイケル・ロックフェラーが遭遇した出来事が生々しく描かれていて、少々面食らってしまった。

 

 

 そして、そういう結論に至った取材や調査の結果が徐々に明らかにされていく。当時、現地にいた西洋人たちの残した資料や、直接聞いた話などが示され、当時の状況、未開の地アスマットの人々の慣習なども紹介され、それらから考えると確かにそうなのかもしれない、という気にさせてくれる。

 

 しかし、それが本当だとしたらマイケルはタイミングが悪い時にやって来て、運悪く被害者になってしまったことになる。彼らの風習からすると被害者が彼である必要は全然なかった。もちろん気の毒に感じるのだが、その一方で現地での彼の言動には御曹司ゆえや若さゆえなのだろう傲慢さも垣間見える。

 

彼が未開の地にいるのが好きなことは明白だが、自分がその経験の一部であることを忘れているようにも思える。彼はアスマットの誰ひとりとも友情を育もうともしなかった。品物を欲しがっただけだ。アスマットの上等な美しい古美術を求めていたが、アスマットの人々には興味を示さなかった。芸術を物そのものと考え、より大きな存在が生み出した物こそ芸術だとは考えていなかった。

p201

 

 彼らがどんな人間かではなく、何を持っているかにしか興味がなかったかのように見える。確かに金持ちっぽい考え方ではある。そもそも彼が御曹司でなければ金銭的にもコネクション的にもこの地に来ることは出来なかったことを考えると皮肉ではある。

 

 様々な資料や証言にあたった著者の調査結果に足りなかったのは、当事者であるアスマットの人々の証言や彼らが持っているであろうマイケルの所持品や骨などの物的証拠。当時を知る人や当事者だろう人物に話を聞いても、肝心な事ははぐらかされてしまう。というわけで著者が取った行動は、彼等と一か月間生活を共にすること。

 

 もちろん何らかの証拠や証言を期待しての事だったのだが、もうこの辺りからは文化人類学のフィールドワークの様相を呈していて、失踪事件は大した問題ではないような雰囲気さえある。彼らと寝食を共にすることで、彼らの世界観、死生観、人生観などを体感し、なぜ人を喰うのか、マイケルの魂はどこへ行くのか、彼らと同じ感覚で理解し語る著者の言葉にはちょっとした感動がある。相手やその文化を理解するという事はこういうことなんだよなという気がした。

 

 タイトルから期待していた話とは違う方向に進んでいったが、異文化で暮らす人たちのリアルな姿を知ることが出来て面白かった。彼らは彼らの世界のリアルを生きている。

 

著者

カール・ホフマン 

 

人喰い (亜紀書房翻訳ノンフィクションシリーズIII-8)

人喰い (亜紀書房翻訳ノンフィクションシリーズIII-8)

 

 

 

登場する作品

「死んだ鳥」 監督 ロバート・ガードナー

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知恵の七柱 (1) (東洋文庫 (152))

Arabian Sands (Penguin Classics)

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 「上は空、下は泥」 監督 ゲソ― 

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聖なる飢餓―カニバリズムの文化人類学

 「アスマット マイケル・C・ロックフェラーの日誌」 

首狩りと精霊の島―ロックフェラー四世失踪の謎 (1973年) (ペガサスドキュメント)

「スパイ・ゲーム」 フランク・モンテ 

闇の奥 (岩波文庫 赤 248-1)

「終わりと共に始まって 双子の喪失と治療の回想録」 メアリー・ロックフェラー・モルガン

オズの魔法使い(字幕版)

 

 

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「こころの処方箋」 1992

こころの処方箋 (新潮文庫)

★★★★☆

 

内容

  心理学者による55編のエッセイ。

 

感想

 最近は命令調の上から目線のタイトルの本が多い。著者が専門家だったり成功者だったりの裏付けから、御託は並べずとりあえず自分の云うことを聞け、という事なのだと思うが、本書は違う。

「1日30分」を続けなさい!Kindle版: 人生勝利の勉強法55

「1日30分」を続けなさい!Kindle版: 人生勝利の勉強法55

 

 

 心理学者のくせして、最初の一編のタイトルが「人の心などわかるはずがない」である。ただ、一刀両断的に「彼の心の問題の原因は母親の過保護にある」みたいなことを言って診断を終えてしまうよりは「分かるはずなどないから決めつけないでもう少し様子を見てみよう」と診断を続ける方が手間がかかるし、大変だ。こちらの方が、断定して切り捨てるよりは誠実さを感じる。

 

 そして本書の中では、著者のそんな誠実さから生じる世の常識とされている事への疑問や考えが語られる。

 

マジメな人は自分の限定した世界のなかでは、絶対にマジメなので、確かにそれ以上のことを考える必要もないし、反省する必要もない。マジメな人の無反省さは、鈍感や傲慢にさえ通じるところがある。自分の限定している世界を開いて他と通じること、自分の思いがけない世界が存在するのを認めること、これが怖くて仕方がないので、笑いのない世界に閉じこもる。笑いというものは、常に「開く」ことに通じるものである。

単行本 p58

 

 一般的にマジメは良い事だとされているが、その弊害もあることが書かれていてなるほどな、と思った。SNSなどでもよく見られることだが、正論を振りかざす人間を見るとげんなりしまうのはここにあるのかもしれない。自身の鈍感や傲慢に無自覚で、一人気持ちよくなっている。

 

 こんな風に固定観念に疑義を挟みながらも、決してその口調が激しくならず、常に思いやりにあふれていて安心感がある。例えば「ものごとは努力によって解決しない」というタイトルの一編。努力すれば解決すると思いこんでいると、努力しているのに解決しなかったら、自分の努力が足りないだとか誰かのせいだとか、余計な苦しみを背負ってしまうことになる。物事はしかるべき時が来れば、自然と解決するものだという結論。

 

 

 こういう考え方だと「だから努力するなんて無駄。意味ない。」と強い言葉を言いたくなるがそうではなく、でもだからと言って、じっとその時を待つことは難しいので、努力でもして待つのがいいんじゃない?という言い方。つまり努力が悪いんじゃなくて、努力すれば解決できる、と思い込んでいるのが良くないという事だ。断定的な答えを求める人は「で、努力はした方がいいの?しない方がいいの?」と聞きたくなるのかもしれないが、個人的にはこういう物言いに著者の誠実さや優しさを感じる。

 

 25年以上も前の本なので、文体に少し古臭さを感じたり、内容にピンとこない所も箇所もあるが、全体としては今でも全然頷ける内容となっている。むしろ、著者の云わんとしたことが、今のほうが匿名のSNSなどで分かりやすく表れているので理解しやすくなっているかもしれない。一編ずつゆっくりと味わいながら読みたい本。

 

著者

河合隼雄

 

こころの処方箋 (新潮文庫)

こころの処方箋 (新潮文庫)

 

 

 

登場する作品

道草

いまなぜ青山二郎なのか (新潮文庫

ビゼー:歌劇「カルメン」

 

 

この作品が登場する作品

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「アリババの野望 世界最大級の「ITの巨人」ジャック・マーの見る未来」

Alibaba アリババの野望 世界最大級の「ITの巨人」ジャック・マーの見る未来 (角川ebook nf) (角川ebook nf)

★★★★☆

 

内容

 中国で起業し世界的なIT企業へと成長させたアリババグループのジャック・マーの歩みを紹介する。

 

感想

 先日(2019年9月)引退したことで話題になったアリババグループの創業者、ジャック・マーの歩みが、2014年9月のニューヨーク証券取引所に上場する直前までの歩みが描かれている。

 

 なんとなく知っているだけの人物だったが、彼が元教師でITに詳しい理系の人ではなかったということに驚いた。大学で英語などを教えながら最初に起業したのは翻訳の会社だったという。たまたまアメリカで出会ったインターネットに触発されて、中国に戻って新しく会社を始めた。

 

 

 自宅の片隅でビジネスがスタートし、やがて巨大な投資を得て、度重なる困難に立ち向かいながら成長していく。どんな大企業にも何かの拍子で倒れてしまうような赤ちゃんのような時期があって、それがどんどんと大きくなっていく過程は読んでいてワクワクする。

 

 そしてその過程にはたくさんの幸運に恵まれていることが良く分かる。アメリカでインターネットに出会ったのもそうだし、初期の段階で海外で弁護士や投資会社などでの実務経験がある国際的な人物が加わったのもそうだし、いきなりゴールドマンサックスや孫正義から資金調達できたこともそうだ。

 

「本当のところ、やろうと思った最大の理由はインターネットを信じていたからではなくてね。何にしてもやってみるだけで、それだけで勝ちだと思ったんだよ。とりあえず新しいことをやってみて、だめそうだったら引き返せばいいじゃないか。最初からやらなかったら、いつまでも経っても同じで、新しい展開は決してやってこないよ」 

p36 

 

 ただ詳細によく見てみれば、この幸運は彼自身の行動が引き寄せていることに気づく。当時、アメリカでインターネットを見た中国人は彼一人ではないはずだが、だけどそこから起業し大成功した中国人は彼だけだ。なにはなくともまず大事なのは行動力なんだな、と痛感させられる。

 

 アリババグループの歩みを見ていると、様々なサービスが必要に応じて生まれていっており、IT業界の流行や儲け話に左右されない強い信念を感じる。ジャック・マーの語る含蓄のある言葉を聞いていると、世界的な企業になるには小手先の事だけでは駄目なんだなと思い知らされる。

 

 ただ中国は国内だけでも10億人以上の市場があるのはうらやましい。国内でシェアを取るだけで、世界が無視できない存在になれる。日本でアリペイ対応の店が多いのも、アリペイを使いたい中国人が大挙やって来るので対応せざるを得ないというのが実情だろう。

 

  巨大企業となり応援されるよりも、批判の目で見られることが多くなったアリババグループ。批判に対して誠実に対応したとしても、それでも疑い深い目で見る人たちがいるのはしんどそうだが巨大企業の宿命だろう。

 

彼は「ぼくが学校で触れられるのは本に書かれていることだけです。だから、本に書かれていることが本当かどうか、社会に出て試してみたいんですよ。まるまる10年を使って会社を立ち上げて、それからまた学校に戻ってきて、自分が試してきたことを学生に伝えたいんです」と言った。

p22

 

 この言葉は大学を辞職した際にジャック・マーが残した言葉だとされているが、先日の引退後に本当に教師に戻ると言っていて、改めてすごい人だなと感服してしまった。大金持ちになった後でも当初の予定通りに行動できるなんてなかなかできることではない。

 

 その他、武侠小説の世界を取り入れている会社の文化も面白かった。この本は中国で出版された本の翻訳なのだが、登場する中国の人物やIT企業の説明などを付け加えてくれていたら嬉しかった。中国のIT事情に詳しくないので少し手こずった。

 

著者

王利芬/李翔

  

 

 

登場する作品

アリババと40人の盗賊 (馬場のぼるの絵本)

ビーイング・デジタル―ビットの時代

天龍八部〈第1巻〉剣仙伝説

秘曲 笑傲江湖〈1〉殺戮の序曲 金庸武侠小説集 (徳間文庫)

イノセントワールド -天下無賊- [DVD]

三体

 

 

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「赤と黒」 1830

赤と黒(上) (光文社古典新訳文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

 聖職者として出世を目論んでいた青年は、町長の子供たちの家庭教師として雇われる。

 

感想

 貧しい家に生れながらも立身出世を夢見る青年。ナポレオン失脚後の王政復古期の時代で、軍人ではなく聖職者としての道を選ぶ。しかし、あまりキリスト教の世界は知らないが、あからさまに立身出世のために、と言っているのが、宗教的じゃなくてある意味すごい。日本でも昔は余った子供は寺に奉公に出されていたので、同じようなものか。宗教をやっておけば食べ物には困らないという認識。

 

 そして物語の中で描かれる聖職者たちは、政治家に圧力をかけたり、自身の出世のために貴族を利用したり、内部抗争をしたりと、ドロドロとした部分を赤裸々に描かれている。こんなことを書かれても、当時の宗教界は反発したりはしなかったのか、気になる。

 

 

 そして新たな勢力として描かれるブルジョアたち。彼らは彼らでえげつない。

要するにヴァルノ氏は、地元の乾物屋たちには「きみたちのうちで一番の馬鹿を二人、教えてくれ」といい、法律家には「一番の無知を二人、教えてくれ」といい、医者には「一番のやぶを二人、教えてくれ」といったのである。こうして業界きっての恥知らずたちを結集したとき、彼は宣言したのだ。「われわれで一緒に支配しよう」と。

 上巻 p286

 

 そんな状況の中でうまく立ち回ろうとする主人公。しかし、打算的になろうとしながらもプライドが邪魔をする。心の中で自分の出自を気にしながらも貴族や聖職者やブルジョアを軽蔑している。主人公の心の中で彼らの仲間入りをしたいという気持ちと、彼らのようにはなりたくないという気持ちが戦っているようにも見える。

 

 そして、立身出世のための一環として、町長の夫人に手を出す主人公。出世の手助けを期待しての事だが「今日は彼女の手を必ず握る!」みたいに自分にミッションを与えて、それを達成していくという主人公のやり方はかなりしんどそうだ。「いや今日じゃなくて今週中ということにしよう」というよくある逃げも許さず、それが出来ないなら死んだほうがましだと追い込む。彼のプライドの高さを感じさせるが、それを本当にやり遂げるのだからすごい。

 

 だが、恋愛事まで打算的に行う事には歪なものを感じてしまう。そこから始めてしまったものだから、自分の恋愛感情というものがうまく理解できていない。罪の意識で不安定な夫人をなだめながら上手く支配できていると安心している姿には、少し不憫ですらある。

 

 下巻では夫人との恋を終えパリに向かう主人公。次は大貴族の娘と関係を結ぶ。このときも自分の素直な感情を抑え込み、プライドや打算のために必死に手練手管を弄している。そしてついには立身出世のゴールが見えた時に事件が起きる。終盤はドラマチックな出来事が立て続けに起き、もっと盛り上げてもいいような気がするが意外と描写があっさりとしている。

 

 主人公は結局、プライドの高さゆえに誰も好きになれなかったという事なのかもしれない。権力者たちを憎み、自分に同情を寄せる民衆まで見下している。最後は愛する人よりも自分の名誉を選んだ。終始、人が自分をどのように見るかだけを気にして生きることになった。ただ世間体を気にしているのは主人公だけではなく、貴族や聖職者も同じなので、時代的な影響も大きいのだろう。

 

 当時の社会や不安定な政治状況を説明した上巻の巻末の解説は、フランス史に詳しくない自分にとってはかなりの助けとなった。聖職者を目指す若者が民間との間を行ったり来たりするのは、良く分からなかったが。

 

 様々な説がある「赤と黒」という題名の由来は、赤が情熱やプライドといった主人公の本来の感情で、黒が出世や駆け引きといった打算的なものを表しているように個人的には感じた。

 

著者

スタンダール

 

赤と黒(上) (光文社古典新訳文庫)

赤と黒(上) (光文社古典新訳文庫)

 

赤と黒 - Wikipedia

 

 

登場する作品

セント=ヘレナ覚書

告白 上 (岩波文庫 青 622-8)

「教皇論」 ジョゼフ・ド・メーストル

モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」

「回想録」 ヴェサンヴァル

ドン・ジュアン 上

シェイクスピア全集27 ヴェローナの二紳士 (ちくま文庫)

あらし (岩波文庫)

十二夜 (光文社古典新訳文庫)

新エロイーズ 全4冊 (岩波文庫)

「先駆者」

バビロンの王女・アマベッドの手紙 (岩波文庫)「バビロンの王女」

社会契約論 (岩波文庫)

「ユゼリの旅」

Marino Faliero (French Edition)

「フランス史」 ヴェリ

エルナニ (岩波文庫)

牧歌/農耕詩 (西洋古典叢書)「農耕詩」

「回想録」 レトワール

マノン・レスコー (光文社古典新訳文庫)

The Letters of a Portuguese Nun (English Edition)

寓話〈上〉 (岩波文庫)

タルチュフ (岩波文庫 赤 512-2)

「回顧録」 ナポレオン

「回想録」 サン=シール元帥

The Memoirs of the Duke of Saint-Simon: On the Reign of Louis XIV and the Regency (English Edition)

チマローザ作曲 歌劇 秘密の結婚 [DVD] [Import]

「Memories of Napoleon on SaintHelena」  the Comte de Montholon

ルネ (大学書林語学文庫)

「フランス紀行」 ロック

フランス十七世紀演劇集 (中央大学人文科学研究所翻訳叢書12)「ヴァンセスラス」 ロトルー

 

 

関連する作品

映画化作品 

 

 

この作品が登場する作品 

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「猫鳴り」 2007

猫鳴り (双葉文庫)

★★★★☆

 

あらすじ

 庭で死にかけていた子猫を飼うことにした子供のいない夫婦。

 

感想

 猫にかかわった人々を描いた作品だ。そう聞くと、猫大好きな人たちがまさに猫可愛がりするほっこりした様子が描かれているのかと思ってしまうが、全然違う。例えば最初の章に出てくる主婦は、やっと授かった子供を流産してしまった事に頭が囚われ続けている。

 

 動物とか生殖とか血肉とかいうことをあからさまに感じさせる、そんなに覆いをとっぱらった表情を公共の場でしないでほしかった。母子は二人きりの透明な密室の内部にいて、男女の愛よりももっと濃密に赤裸々に、あらゆる手段を使って結び合っていようとしていた。

p11

 

 スーパーで見かけた親子にこんな感情を抱いてしまう。庭にいた死にかけの猫に対しても当初は何度も別の場所に捨てに行っている。小説は三部構成ですべて主人公は違うのだが、皆こんな風にどこか心に闇を抱えている。さらに捨て猫の様子をジッと窺う愛想の悪い小学生や、毎日、息子に弁当とお金を渡すだけで言葉を交わそうとしない父親など、他の登場人物たちもどこか変だ。

 

 もっと言えば、猫もあまり人間に甘えて鳴いたりせず、どこか人間の様子を観察しているような気味の悪さがあり、全体に不穏な空気が漂っている。何かとんでもない出来事が起きるのかと冷や冷やしてしまう。

 

 

 少し心を病んだ主人公たちが、猫から何かを感じて変わっていく。勿論このテイストなので分かりやすいハッピーエンドは待ち受けてはいないが、確実に何かが変えられた。猫が特に何をするでもなくただそこに生きているだけでも、触媒のように誰かに何かの影響を与えているのは、考えてみれば不思議な気がする。

 

 だから別にこの小説でもその触媒が猫じゃなくても良かったのかな、と思わないでもないが、でも猫だからこそなのかな、と思う自分もいる。最後の章はなかなか心理的負担が大きくて読むのがしんどかったが、でもそれが自然なことなんだよなとスッと心が軽くなるような気分が味わえた。

 

作者

沼田まほかる

 

猫鳴り - Wikipedia

 

 

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「太陽の季節」 1956

太陽の季節

★★★☆☆

 

内容

 芥川賞受賞の表題作を含む短編集。

 

感想

  表題作は裕福な家庭に育った若者たちの青春が描かれる。ただし健全な青春ではなく、喧嘩や博奕に女など、道徳観の欠如した青春だ。彼らに感じるのは満たされているが故の生への渇望だ。そこに若者特有の苛立ちや鬱憤のエネルギーが乗っかっている。

 

 満たされていない若者であれば、そのエネルギーは何かを手に入れようとする力として使われるのだろうが、満たされている彼等にとって喧嘩、博奕、女を通してその結果、何かを得ようとするのではなく、その行為自体が目的となっている。結果はどうなろうと構わない。そしていつの間にか、仲間内でそれを競っている。

 

 彼等の示す友情はいかなる場合にも自分の犠牲を伴うことはなかった。その下には必ず、きっちり計算された貸借対照表がある筈だ。何時までたっても赤字の欄しか埋まらぬ仲間はやがては捨てられて行く。彼等は日常、これを大きく狂わす恐れのある大それた取引きはしようとしなかった。

p36

 

 もはやこのような関係は仲間というよりも、ただの犯罪者集団といった方がいいのかもしれない。ただそれが彼らなりの青春だった。

 

 そんな仲間と共に日々を過ごす主人公は、いつものように町で見つけた女にいつもにはない恋愛感情のようなものを抱く。ただ今までそのような感情を邪険に扱っていたためにどうしていいのか分からない。そして、その女もそれは同じだった。互いに素直になったりなれなかったりと、気持ちは一つになれずにすれ違う。

 

 

 結局主人公は自身の恋愛感情を受け入れることが出来ず、恐れて逃げているだけだった。敢えて偽悪的に振る舞い、兄に彼女を売る真似までする。その二人の結末は、意外な展開となる。驚き、あっけに取られてしまった。ただ、もう取り返しのつかない所まできて初めて自分の過ちに気づき後悔する、というのはありがちかもしれない。

 

 続く短編は、同じような若者たちの姿が描かれる。なんとなくニュースで見た記憶のある、自宅の高級マンションで集団暴行事件を起こした医大生たちの事を思いだしてしまった。満たされ、前途洋々な若者たちの非逆な行いだ。

 

 全編こんな感じの小説ばかりかと思ったら、最後の2編は少し毛並みが違っていた。中でも「ファンキー・ジャンプ」は、ジャズライブ中の様子を描く短編なのだが、訳が分からない感じがありながら、だけどちゃんと物語になっていて奇妙な感じだった。

 

著者

石原慎太郎

 

太陽の季節 - Wikipedia

 

 

関連する作品

映画化作品 

太陽の季節

太陽の季節

  • 南田洋子
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「リフォームの爆発」 2016

リフォームの爆発 (幻冬舎文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

 我が家のリフォームをすることにした主人公。 

 

感想

 リフォームに関する小説という事で、くどいくらいに間取りの説明が繰り返される。 おかげでもしもこの家を訪れることがあったら「ここはもともと茶室だったところですね?」とか、渡辺正行だか渡辺篤史だかばりにはしたり顔で言えそうな気分。まぁそんな時が来ることはないのだが、実際に訪れて想像通りか確認したくなる。

 

 100均のアイテムを一つ買っただけで暮らしやすさが向上することもあるくらいだから、リフォームなんかしたら生活の質が劇的に向上するのは間違いない。なので不満を感じたらすぐにやるべきだが、なかなかできない。

 

 

 理由はいろいろあって、なんか暮らしにくいが何が問題かが分からなかったり、問題は分かっているがどうしたらよいのか分からない、やりたいことは決まっているのだが費用がいくらかかるのか分からない、などなど色々ある。そもそもどこに何を頼めばいいのかもわからない。人生で何度もすることでもないので分からないことばかりである。

 

 ようやく工務店に連絡を取ってリフォームするとっかかりを掴んでも、そこで考えていたプランの問題点や新たな問題点などが専門家の視点から指摘され、再度計画を練り直さないといけなくなる。そしていつの間にか大幅に予算を超えている。

 

 いざリフォームが始まれば、我が家に入れ替わり立ち替わり業者がやって来る。彼らにお茶を出したり、無愛想な職人たちに細かな自分の要望を伝えて作業をお願いしなければいけないこともある。自分の家なのにしかもお金を払う依頼主なのに、何かと気を使わなければいけない気苦労もある。

 

 この自分のテリトリーによく知らない他人がやって来るという不安は良く分かる。さらに彼らにとっても自分の職場であるので、その時は自分の職場ということになる。しかも職人たちはリフォームを請け負った工務店に依頼されてやって来ているので、施主とは直接の関係はない。一つの家の中で微妙な力関係が渦巻くことになる。

 

 世の中のすべての無知と未開と粗野と下品をひとっところに集めたような馬鹿騒ぎであった。

p247

 

 2階で仕事をしながら階下の職人たちの馬鹿騒ぎを不安な気持ちでじっと耐える主人公。工事に関わる不謹慎な冗談や悪口を職人同士で言い合っているのを、たまたま耳にしてしまい、深く傷つく主人公。おどけた語り口から、ときおりしんみりとした口調になる主人公に同情してしまう。

 

 そしてついに完了したリフォーム工事。様々な困難を乗り越えて成し遂げられたという事もあって、嬉々として語られる生まれ変わった家の様子を読んでいると、こちらまで解放感や爽快感が満ちてくる。

 

 最後に生活が向上する喜びが待ち受けているのは分かったが、そこに至るまでに様々な思い悩むことがあることも分かってしまい、結局はリフォームに手を付ける事に腰が重いままになってしまいそうだ。

 

著者

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リフォームの爆発 (幻冬舎文庫)

リフォームの爆発 (幻冬舎文庫)

 

 

 

登場する作品

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京のにわか雨

わたしの城下町

ピンク・フラミンゴ [DVD]

ふしぎなメルモ

 

 

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「ポートランド 世界で一番住みたい街をつくる」 2016

ポートランド 世界で一番住みたい街をつくる

★★★★☆

 

内容

  世界中から注目されている人気の都市ポートランドの街づくりの取り組みを紹介する。

 

感想

  おしゃれなレストランや店が並び、至る所にアート作品が展示され、文化が栄える賑やかな街。車がなくても生活できるエコでサステイナブルな街。続々と人々が集まる人気の都市ポートランド。その取り組みの内容を読んでいて良く分かるのは、これは一朝一夕で成し遂げられた事ではなく、長い時間をかけた地道な取り組みの積み重ねの結果、という事だ。

 

 車型社会となり、都市の中心部は空洞化して治安は悪化し、環境破壊が深刻化する70年代にはもうその取り組みが始まっている。全米に張り巡らされていく高速道路の工事を拒否し、その代わりにライトレールなどの公共交通網の整備を行った。この辺りの先見の明、決断力には感心する。70年代のこの決断により独自の道を歩んだことが、今日の繁栄を招いているわけだ。

 

 

 時代に流されず独自の道を選んだ住民たちの意識の高さには驚くしかないが、アメリカが元々移民の国で、さらにポートランドにはプロテスタントよりもリベラルな宗派の移民が集まっているという事もあるようだ。リベラルな傾向があった上にその後のヒッピー文化の影響を受けた土地でもある事から、自然を愛し、地元を愛し、自由を愛し、自分たちの暮らしを大事にする文化が育まれたという。そして同じような生活を志向する人たちが集まってくる好循環。

 

 しかし彼らは地元を愛し、地元で作られたものを愛用する地産地消の文化があるというが、地元のブランドとしてナイキやコロンビア、ペンドルトンやダナーなどの世界的なブランドがあるのはちょっとズルい。逆に世界に通用するものを作れる人たちを輩出する豊かな場所という事でもあるが。

 

 勿論、都市計画という町全体の方向性を決めるのは政治の力が必要なわけだが、民主主義なので住民の望まない事をしようとする政治家は当然、選挙で勝てない。政治家もそれを分かっていて、計画立案の段階から地域住民が参加する仕組みを作っていて、なるべくたくさんの住民の意見を取り入れようとしている。さらには、完全な住民まかせにしている分野もある。

 

 日本だと自治体が独断でもしくはデベロッパーと組んで立案し、都市計画が完成してからアリバイ作りとして住民向けの説明会を形式的に行うという印象だが、それとは正反対過ぎてびっくりしてしまった。日本も民主主義とはいえ、お上がやってくれる、有難くもお上がやってくれることに文句を言っちゃいけない、という封建主義的な意識が未だに根強く残っているのかもしれない。

 

 長い歴史の中で住民と政治が一体となって作り上げてきた街づくりの仕組みの中には、なるほど、と感心させられるものもたくさんある。

ポートランドでは公園のスペースを2倍にするなら建物の階層制限を2層増やしてもよいというようなやりとりをする。

p60

 

 デベロッパーは出来るだけ土地を無駄なく使って建物を建てようとする。しかし、市が厳しめな制限を最初に設けておいて、その代わり街にとって良い事を盛り込めば制限を緩めるよ、という事にしておけば、延べ床面積を増やしたいデベロッパーは喜んで応じるし、それによって地域の魅力や価値が高まって住民は喜び、単価も上がってデベロッパーは儲かり、そして市の税収は増える、とまさに三者がウィンウィンの関係になる。素晴らしい。

 

 ポートランドのやり方を日本に取り入れた柏の葉や和歌山県有田川町の街づくりの取り組みも本書の中で紹介されているが、中途半端な内容になってしまっているのが残念。長期的なスパンで行われることなのでまだ結果が出ておらず、仕方がないのだが。

 

 ポートランドの取り組みを読みながらも、日本ではどれくらいの都市が真剣に街づくりに取り組んでいるのだろうか、と考えてしまった。目先の事ばかりに囚われて長期的な視点がなく、結果的にまとまりのない、雑多な印象の景観に仕上がってしまっている町が多いように思う。自身の任期を基準に考える首長や地方議員は長期展望をしづらい部分はあるので、結局は政治家任せにするのではなく、自分たちの住みたい町を政治家や公務員に作らせるという住民の意識が大事ということだ。

 

 これから人口が減り地方都市が消滅していくと言われている世の中で、生き残るのはきっと今この瞬間も、将来を見据えて地道な取り組みを続けている町なんだろうなと思った。

 

著者

山崎満広

 

ポートランド 世界で一番住みたい街をつくる

ポートランド 世界で一番住みたい街をつくる

 

 

 

登場する作品

クリエイティブ都市論―創造性は居心地のよい場所を求める

Better Together: Restoring the American Community (English Edition)

グリーンネイバーフッド―米国ポートランドにみる環境先進都市のつくりかたとつかいかた

ねこにみかん

 

 

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「グッド・バイ」 1948

グッド・バイ (新潮文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

 闇商売で知り合ったとてつもない美人だが、声は悪く怪力の女の協力を得て、十人近い愛人たちとの関係を清算しようとする編集者の男。太宰治の未完の絶筆。

 

感想

 伊坂幸太のこの作品をオマージュした小説「バイバイ、ブラックバード」でこの作品を知った。それを読んでいる時は、すごい設定になっているから、きっと本作とは大幅に内容が変わっているのだろうなと思っていたのだが、そんなことはなく、ほぼそのままだった。どちらかというと本作の方がすごい設定で、主人公には10人近くも愛人がいる。

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 愛人たちがかなわないと思うような、とびきりの美女を連れて訪問すれば、別れがスムーズなものになるだろうという算段で一人の女に協力を依頼した主人公。だけどその女が美女ではあるが曲者で、というのがストーリー。

 

 

 なかなかに軽妙な文体で、太宰治はこういう文章も書くのかと意外な感じがした。新聞に連載された小説だという事で、大衆受けを意識したという事なのか。

 

 一人目の愛人との別れがつつがなく完了して、続いて二人目に取り掛かろうとしたところで絶筆。絶筆の作品を読めばいつも感じる事だが、ここで終わり?という宙ぶらりん感。仕方がないのだが。

 

 たぶんこの先は付き添いの美女と衝突を繰り返しながらもなんとかすべての愛人との関係を清算するが、今度は付き添いの美女との別れに往生する、というストーリーなのだろうなと予想する。そう考えると伊坂幸太郎の小説は、本当にほぼそのままだった。ただその予想が当たっているのか、永遠に答え合わせが出来ないという事実は、なんとも言えない気分にさせられる。

 

著者

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グッド・バイ

グッド・バイ

 

グッド・バイ (小説) - Wikipedia

 

 

関連する作品

 この作品をオマージュした作品

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この作品を原作とした舞台を映画化した作品

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「戦国十二刻 終わりのとき」 2016

戦国十二刻 終わりのとき (光文社時代小説文庫)

★★★☆☆

 

内容

 豊臣秀頼、山本勘助、徳川家康ら戦国の雄たちの死までの最後の24時間を描く短編集。

 

感想

 大坂夏の陣で死んだ豊臣秀頼を描いた「お拾い様」。淀殿は豊臣家の世継ぎの母親と捉えがちだが、織田家の者でもある。そちら側から見ると色々と歴史の見え方が違ってくるという事が良く分かって興味深い。大きな歴史の文脈で見ているだけでは見失いがちな基本的なことがあることを教えてくれた。

 

  いくつかある短編の中で一番気に入ったのは伊達政宗の父、輝宗を描いた「子よ、剽悍なれ」。親子で下克上を繰り返しながら非情になりきれなかった代々の伊達家の当主たち。自身も徹しきれなかったその非情が、息子にあることを期待している。そして、家督を譲られながらも全権を渡さない父親に憎しみを覚えている息子の政宗。

 

 

 そんな親子なのだが、二人の間に親子の愛情のようなものもしっかりと見えるところが切ない。弱さを見せるとすぐにやられてしまう戦国の世の厳しさを感じる。父親が死に至る出来事が、事件なのか陰謀なのか曖昧になってしまっているところが上手い。

 

 今回の短編の中では唯一、天寿を全うした徳川家康が描かれた「さいごの一日」。戦国時代の覇者でもあり、布団の上で死ねた事もあり、幸せな人生だったのだろうと思ってしまうが、こうやって人生を振り返るとそんなこともないのかと考え直してしまう。長い時間をかけて天下を取った人だけに辛い事ばかりで、天下を取った後の人生もそう長くはなかった。大坂夏の陣が74歳の時でその次の年に死んでいるということは、ほとんどゆっくり出来る時もなかったということか。

 

 その他、今川義元や山本勘助、足利義輝とそれぞれ趣向を変えた死の直前の物語が描かれていて読みごたえがある。

 

著者

木下昌輝

 

戦国十二刻 終わりのとき (光文社時代小説文庫)

戦国十二刻 終わりのとき (光文社時代小説文庫)

 

 

 

登場する作品

当代記 駿府記 (史籍雑纂)

敦盛 (対訳でたのしむ)

 

 

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「濹東綺譚」 1937

濹東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

 取材のために私娼窟を訪れた老作家が、若い女と知り合う。

 

感想

  舞台は1936年ごろの東京。盧溝橋事件が起きて日中戦争がはじまる前夜といった時期だが、戦前というよりも関東大震災後という事が意識されながら街の様子が描写されている。戦前なんていうのは、後からあれは戦前だったなと思う事なので当たり前なのだが。なんとなく今やっている大河ドラマ「いだてん」の内容を想起してしまう。

 

 金には困らず女遊びもたくさんしてきたような老作家が、若い女と出会い揺れる心が描かれている。ただし遊び慣れた男なだけに、浮足立つというよりも困惑している風に見える。相手は器量の良い女だから、自分のような年寄りではなくもっと若い男が相応しいと冷静に考えながらも、それでも気になってしまうなとまた女の所へ足が向いてしまう。

 

 

 女が気になるのも確かだが、もう一つ主人公から窺えるのは孤独感。

わたくしは散歩したいにも其処がない。尋ねたいと思う人は皆先に死んでしまった。

永井 荷風. 濹東綺譚 (Kindle の位置No.1112). . Kindle 版.

 

 年齢を重ねるうちに同年代の仲間たちは死んでしまい、自分たちの時代は遠く過去の出来事になってしまった。だからといって寂しいとか、時代に取り残されたと嘆いているわけではないのは、どこか達観した主人公らしくはある。会いに行く相手もいなくなったし、自分が心地よく感じる世の中でもなくなってしまったなと、ここでも淡々と困惑しているだけである。

 

 年を取るということは馴染みのあるものが減っていく事であり、最終的にはなんにも親近感を感じるもののない異世界にいるのと同じ事になってしまうのかもしれない。長生きはしたいが、長生きしすぎても問題がありそうだ。ちなみに主人公は50代後半の設定。今の感覚で言うとまだまだ全然若いのだが。

 

著者

永井荷風

 

濹東綺譚

濹東綺譚

 

ぼく東綺譚 - Wikipedia

 

 

登場する作品

Chita; A Memory of Last Island

Youma: The Story of a West-Indian Slave

「依田学海」 依田学海

「昼すぎ」 永井荷風

妾宅

「見果てぬ夢」 永井荷風

お菊さん (岩波文庫)

 

 

 関連する作品

 映画化作品

墨東綺譚 [DVD]

墨東綺譚 [DVD]

 

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「ラブという薬」 2018

ラブという薬

★★★★☆

 

内容

 いとうせいこうと彼の主治医である精神科医の星野概念の対談。

 

感想

 この本の前提として、いとうせいこうは精神科に通っていると公言しているわけで、結構すごいことを言ってしまっているなと感じてしまうのだが、それだけ自分の中でも世間にもカウンセリングというものにある種の偏見を持ってしまっているという事でもある。この本では、そんな偏見を持たずに皆がもっとカウンセリングを利用すればいいのに、という願いも込められている。

 

 そして、いとうせいこうでも精神的にキツいと思う事があるのかと意外だった。対談の中ではどうしてこんなにもきつい世の中になってしまっているのか、二人の見解が述べられているが、やはりネットの影響はでかいだろう。

 

 

 一昔前までは、特に日本では自己顕示欲をさらけ出すのはみっともない、という考え方があったような気がするが、今はSNSで「いいね!」欲しさに自己をさらけ出し、意見を主張しあっている。注目を集めるために過激な発言になりがちだし、他者に攻撃的になりがちである。スピードも大事で、今、一年前の事件について語ったとしても、SNSでは誰も相手にしない。単純明快で極端な意見を即時に表明できる人間が持て囃されるようになった。

 

星野 部分肯定、部分否定の大切さを知っているかどうかで、他者との関係はだいぶ変わってきますから。

p107

 

 ただ実際のところ、白黒はっきりできるような単純なトピックなんてない。本当は部分肯定や部分否定が入り混じっているのが普通で、それを足掛かりに他者と分かりあうことが出来るのかもしれないに、皆がそれを認めずどちらかの陣営に分かれて戦っている。

 

 そして本当はそんなことがないのに、皆が自分の意見を表明しなければいけないという強迫観念に取りつかれている。良く分からないなら黙っておけばいいのに、「良く分からないけど…」と言いながら何かを言おうとする。中にはSNS上の皆の発言は、すべて自分に向けられていると思っているんじゃないかと思われる人たちまで散見される。

 

いとう 自己責任論の裏には、攻撃に対する過剰な自己防衛があるんだよ。もちろん、誰にだって責任ってあるから、自己責任論のすべてが悪いと言うつもりはないよ。でも、どんな出来事に対しても、「俺に言うなよ」っていうレベルでしか語れなくなってしまうのは、なんかおかしい。それって要は共感することをはなから放棄してるってことでしょ?

p183

 

 すべての発言が自分に向けられていると思うから、批判的な意見があれば「悪いのは俺じゃない」と過剰な反応をしてしまう。もう色々な人が色々なことを言っているなぁと引いた場所で考えることはできずに、すべてが自分に関わる事になってしまっている。

 

 対談の中で出てきた、誰かの意見をリツイートする事で自分の意見を言ったつもりになっている人がいるんじゃないか?という指摘は興味深かった。確かに何もコメントをつけずにリツイートばかりしている人はたまに見かける。もしかしたら本人はいっぱしの論客になったつもりでいるのかもしれない。

 

 そんな色々としんどい面のあるネットの世界。つらくならないためには現実世界でのリアルな対話が必要ではないかと語られている。対面での会話では極端な事は言いづらいし、相手を尊重する必要がある。友人と白黒はっきりつかないような、結論のないような、とりとめのない会話をすることで、ささくれだった心が癒される。

 

 とはいえこれだけネットの発達した世の中。友人といえども秘密をさらされるリスクもあるし、互いの心理的な問題を処理しきれないこともある。そこで利用したいのが、守秘義務があり訓練を積んだ精神科医。どんどんカウンセリングを受けましょう、というのは上手い着地点だ。

 

 確かにその通りなのだが、信頼できる精神科医に出会うまでが大変そうだ。ただでさえ情報がないし、思い切って診察を受けてみたのに酷い医者だったということになったら再チャレンジする気になれるかどうか。ただ、つらくなったら軽い感じでカウンセリングを受ければいいんだと知っているだけで、だいぶ心は軽くなるような気もする。

 

著者

いとうせいこう/星野概念 

 

ラブという薬

ラブという薬

 

 

 

登場する作品

ノーライフキング (河出文庫)

精神分析入門(上) (新潮文庫)

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ローマの休日 (字幕版)

オーシャンズ11 (字幕版)

特攻野郎Aチーム THE MOVIE (字幕版)

スライ・ストーン(字幕版)

痴人の愛 (新潮文庫)

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ボタニカル・ライフ?植物生活 (新潮文庫)

 

 

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「サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う」 2018

サカナとヤクザ: 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う

★★★★☆

 

内容

  暴力団の大きな資金源となっている密猟の実態を探るノンフィクション。

 

感想

 まず暴力団の市場への食い込みっぷりに驚かされる。高級食材のアワビは約半分が密漁モノとは。勿論それだけの量であれば闇で裁くことなど出来るわけがなく、堂々と表の流通ルートに乗っているというのもすごい。つまり関係者全員が見て見ぬふりしているだけで、実際のところは皆が共犯者ということだ。

 

 確かにドラッグとは違い、売れば業者も消費者も大喜びで誰も損はしない。しかも誰かの畑から盗むわけではなく、海にいる海産物を取るわけなので罪悪感もあまりなく、しかも捕まっても刑は軽くリスクも少ない。となればやるしかないということなのだろう。まぁ実際は真面目な漁師たちが損をしているわけだが。

 

 

 しかし不法なやり方で、楽をして金を稼いでいそうなヤクザたちが、海に出て潜ってと、額に汗して真面目に働いているのは意外だった。事故で命を失う危険すらあるというのに。ただそれに見合うだけの大きな儲けは得ている。また実際には潜らずに、密漁者からショバ代やあがりを得る方法もある。

 

 かつてヤクザが牛耳っていた街の話も興味深い。明日死ぬかもしれないと金遣いの荒い漁師たちから博奕で金を巻き上げ、その金で政治家や警察に金を配って権力を握っていく。

 いびつな道徳が定着したのは、戦中、博徒の美学である滅私奉公に目を付けた政府が、国家ぐるみでヤクザ演劇、映画を奨励していたからかもしれない。捨て石となる国民を洗脳するため、ヤクザの常識を国家が推奨していたので、博奕で身上を潰した者は自業自得とされ、違法な貸し付けは一切問題にされず、歪んだ市民道徳が生まれた可能性は否定できない。

p147

 

 ここでも自己責任の論理が幅を利かせているが、違法な博奕と貸し付けを行うヤクザは責められず、被害者が責められる社会。政治家がヤクザを守り、育てている。路頭に迷ったり奴隷状態になった庶民を尻目に、彼らから奪ったお金を受け取り笑う政治家や官僚。今ではないことになっているが、実際のところはこの頃と大して変わらない政治家とヤクザのつながりがあるのだろうなと思わずにはいられない。

 

 アワビ、ナマコ、ウナギなどの密猟の実態が描かれているが、中でも面白かったのが北方領土周辺での密猟の話。元島民からしたら地元で、しかも政府は日本の領土だと言っている。そこで漁をして何が悪いという論理。ソ連の監視の目をかいくぐって密猟を行う姿は勇ましい。

 

 そしてもう一つがレポ船というシステム。こちらはソ連の監視を気にする必要がなく、保護を受けて自由に漁をすることができる。その代わりにソ連に日本の情報を渡す。簡単に言えばスパイ行為の代償として、北方領土での漁が許されるということだ。儲かるので自ら志願する人もいたらしいが、常に監視され、急に見捨てられることもあったりして大変ではあったようだ。こんなことが行われていたとは知らなかった。

 

 読んでいると日本の漁業の将来がだんだんと不安になってくる。漁場で根こそぎ乱獲する密漁者、その密漁品が簡単に表の流通システムに乗ってしまうシステム、彼らにやりたい放題されっぱなしの行政、心配しかない。ただそれもすべて買う人がいるから起きているわけで、そう考えると色々と悩ましい。資源が枯渇するか、皆の意識が変わるか、どちらが先かによって将来の日本は違う姿になっているはずだ。

 

著者

鈴木智彦 

 

サカナとヤクザ: 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う

サカナとヤクザ: 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う

 

 

 

登場する作品

房総アワビ漁業の変遷と漁業法 (ふるさと文庫)

アワビって巻貝!?-磯の王者を大解剖 (もっと知りたい! 海の生きものシリーズ)

アワビは増やせるか 増殖の歴史

魚河岸盛衰記 (1962年)

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ナマコ学−生物・産業・文化−

「乾なまこの価格形成の仕組みと貿易問題」 熊谷伝

ナマコ漁業とその管理-資源・生産・市場 (水産総合研究センター叢書)

「密漁の夜」 友部正人

天保水滸伝 (中公文庫)

飯岡助五郎―真説・『天保水滸伝』 (1978年) (ふるさと文庫〈千葉〉)

「暴力の港」 火野葦平

スペインの宇宙食 (小学館文庫)

「ロシアを望む岬」 沢木耕太郎

北方領土・竹島・尖閣、これが解決策 (朝日新書)

密漁の海で―正史に残らない北方領土

ソ連海軍事典

ここに幸あり

鰻の男 [DVD]

「河の女」

 

 

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「地獄変」 1919

地獄変 (ハルキ文庫 あ 19-2 280円文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

 性格が悪く疎まれてはいるが才能は認められていた絵師が、時の権力者に地獄絵図の屏風絵を書くよう依頼される。宇治拾遺物語 「絵仏師良秀」をアレンジした作品。

 

感想

 絵師の芸術への執念を描いた作品。ストーリーは何となく知っていたので驚くことはなかったが、すごい結末ではある。

 

 ただ絵師もすごいが、それよりもすごいのはそれをセッティングした堀川の大殿様だろう。そんな状況を思いつく残忍な想像力と、実際にやってしまえる権力。人柱とかがあった時代の話だから今とは人の命の重さが違うのかもしれないが、それでも身近な人間を殺そうとするなんて中々できることではない。尋常じゃない絵師を諫めるためとの言い訳もあるが、全然それを止められるタイミングは用意されていなかった。

 

 

 短い物語ですさまじい物語ではあるが、シンプルに芸術至上主義を描いているのではなく、絵師の娘に起きた事件や当日大殿の横に侍る男など色々と意味深な場面が存在していて、深みのある物語となっている。娘に懐いていたサルの取った行動も印象的だった。

 

 純粋に絵を描くことに情熱を燃やし、身内を犠牲にすることも厭わない絵師。しかし絵から離れてしまえば性格は悪いが、家族を思う普通の男で、自分のしたことに対して自ら決着をつけた。それに対しそんな状況に追い込みながらも何事もなかったかのように過ごす大殿や噂話の一つとしてそれを楽しんでいる周囲の人間たち。考えようによっては彼らも相当怖いかもしれない。結局、人間は恐ろしい、ということか。

 

著者

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地獄変

地獄変

 

地獄変 - Wikipedia

 

 

関連する作品

 「絵仏師良秀」アレンジの元となった作品

宇治拾遺物語 上 全訳注 (講談社学術文庫)

宇治拾遺物語 上 全訳注 (講談社学術文庫)

 

 

映画化作品

地獄変 [VHS]

地獄変 [VHS]

 

 

 

この作品が登場する作品

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「腸と脳 体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか」 2018

腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか

★★☆☆☆

 

内容

 腸と脳がどのように連絡を取り合い、どのように我々の健康に影響を与えているのか、紹介する。 

 

感想

  消化器官が脳のような働きもしていると聞くと信じられないような気がするが、消化器官しかない生き物もいるわけで、元々は消化器官が脳のような役割も担当しており、進化するにつれ複雑化してやがて脳にその機能を移譲したと考えれば、消化器官に脳のような機能が部分的に残っていたとしてもなんとなく納得できる。

 

 しかし、人間が寝ているときに見る夢ですら、腸内細菌や腸の活動が影響しているかもしれないという話はなかなか驚きだ。この手の本ばかり読んでいると、人間は腸内細菌に操られているに過ぎず、どんな病気も腸内細菌に直接働きかければ治ってしまうんじゃないか、と考えてしまいがちだがそういうわけでもないようだ。確かに腸は脳に働きかけているが、また脳も腸に働きかけている。腸を整えるだけではなく、マインドフルネスなどで脳や精神を整えることも健康には有効だそう。

 

 そして腸内細菌を健康にしておくためには何を食べればいいのかと気になるが、特定の食べ物ではなく、多様性のある食事をすることのほうが重要というのも面白い。人類がこれまで生き残れているのは、どんな環境にも適応できることが大きい。パンがなければ飢え死にしてしまうわけではなく、それならとケーキを食べて生き残ってきたわけで、どんな環境にも対応できるように出来るだけたくさんの種類の腸内細菌を体内に維持してきた。

 

 しかし、出来るだけ効率的に大量の食糧を作って売ろうとする現在の社会では、食物の多様性が失われ、簡単にたくさん作れる特定の食物だけを偏って摂るようになり、自閉症やアルツハイマー病などのこれまであまり一般的でなかった病気になる人が増えてしまった。多様性が大事、というのは本当に示唆的で、体の中だけでなく、人々の暮らす社会にもきっと当てはまる事なのだろうと思う。

 

 本書は一応は一般向けということになっているが、なかなか手ごわい内容となっている。詳しい説明も少なく専門用語が多用され理解が難しい。紹介される実験もただその結果を伝えるだけで、つまりどういう事かの説明がないので、「驚くべく結果だ」と言われても全然ピンと来ない。ある程度の知識がある前提で書かれている印象だ。

 

 さらに文章も分かりづらい。

 つまり、発酵食品、乳製品、フルーツジュースに含まれる、必須神経伝達物質セロトニンのレベルを調節するプロバイオティクスを摂取することによって、気分から痛覚感受性や睡眠に至る、生存に必須な機能の実行に重要な役割を果たす、体内のコントロールシステムを微調整できるのだ。

p151

 全然、内容がすっと入ってこない。句点の多い長い一文で、終わったかと思ったら終わっていない文章。何度も繰り返し読んで何とか理解できるか、といったところ。この文章がすんなり入ってくるなら問題ない。

 

 訳者あとがきで、翻訳の難しさが語られ、補足するように色々説明されているのだが、それすら難しい。そして、正誤表がネットにもないようなので正確なことは分からないが、訳や図表に誤りがあるような気がする。最初の図表が間違っているような気がして、でも確認する手立てはなくて、モヤモヤが残ったまま読み進めることになってしまった。読んだのは初版なので、今は修正されているのかもしれないが。

 

 同じような内容の本を読むなら、以前読んだ「あなたの体は9割が細菌」の方が全然いい。これもすらすらと読めるわけではないが、分かりやすく面白かった。ちゃんと理解できたという実感があった。

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 この本には読み切ったという達成感は得られるが、あまり内容は頭に残らない。勿論、読み手のレベルが低かったというのはあるが。

 

著者

エムラン・メイヤー

 

 高橋洋 

 

腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか

腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか

 

 

 

登場する作品

失われてゆく、我々の内なる細菌

「エーベルス・パピルス」

新版 才能ある子のドラマ―真の自己を求めて

デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳 (ちくま学芸文庫)

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 How Do You Feel?: An Interoceptive Moment with Your Neurobiological Self (English Edition)

これ、食べていいの?: ハンバーガーから森のなかまで――食を選ぶ力

セレンゲティ・ルール――生命はいかに調節されるか

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フード・ルール 人と地球にやさしいシンプルな食習慣64

 

 

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