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「〆切本」 2016

〆切本

★★★☆☆

 

感想

 締切を前にした作家たちの阿鼻叫喚が収められているのかと思って手にとって見たが、そういうわけでもなく、締切に関して言及しているエッセイや日記などが収められているといった感じだった。よく考えてみれば、たとえ締切を前に苦悩する事があったとしても、それをわざわざ皆が発表するわけでもない。

 

 そして、すべての作家が締切を前に苦しんでいるわけでもなく、きっちりと締切を守る人もいる。それが人として当然と思っている人から、次の仕事が来なくなるかもしれないという不安でという人まで、理由は様々だが。締切を守れない人もただ書けないのではなく、ギリギリまで推敲を重ねたいという人もいて、「〆切」に対する態度だけをとってみても、それぞれの人間性が見えてきて面白い。

 

私は頼まれたものは一応その人の親切さに対しても、引き受けるべきだと思ってゐる。が、引き受けた原稿は引き受けたが故に、必ず書くべきものだとは思ってゐない。

 p52 「書けない原稿」 横光利一 

 

 この横光利一の考え方はとんでもないように一瞬思えてしまうが、良い原稿を書けないのなら書かない方がまし、という矜持が窺える。原稿を頼んだ人は苦労しそうだが。内田百閒が書けなくて、文章を書いてお金をもらおうなんて浅ましい、そんなもの書きたくない、と言い放っているのも面白い。

 

 そしてそんな原稿を受け取る編集者も、きっちりと締め切りを守る作家を軽く見てしまうことがある、という話も興味深かった。締め切りのギリギリまで全身全霊で力の限りを尽くしている感じがしないからだろうか。締め切りを守らない作家にいかに書かせるかを仕事の醍醐味と感じている編集者たちも、なかなかおかしな人種なのかもしれない。

 

 

 そして、書いてやるんだから締切も枚数も守らない、と言う人がいるというのにも驚く。物書きが本業じゃない人らしいが。ある世界で権力を持つと、それが別の世界でも効力を持つと思っちゃうタイプの人なのだろう。

 

 いろんな人の話を読んでいると、守る守らないは別として、締め切りがあるからこそ多くの作品が生まれているような気がしてきた。期限を設けないと、いつまでも取り掛からないし、完成もしない。締め切りがなければ、自分が死ぬ時ぐらいしか自然に設定される締め切りはないから、明日こそ、来年こそ、と言っている間に、何も生み出せずに一生が終わってしまうかもしれない。そう考えると「〆切」という概念は大事だ。きっと。

 

〆切本

〆切本

  • 作者: 夏目漱石,江戸川乱歩,星新一,村上春樹,藤子不二雄?,野坂昭如など全90人
  • 出版社/メーカー: 左右社
  • 発売日: 2016/08/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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