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「わしの眼は十年先が見える 大原孫三郎の生涯」 1994

わしの眼は十年先が見える―大原孫三郎の生涯

★★★★☆

 

あらすじ

 現在のクラボウ、クラレ、中国銀行、中国電力などの社長を務めた岡山県倉敷市の実業家、大原孫三郎の生涯を描く。

大原孫三郎 - Wikipedia

 

感想

 大原孫三郎といえば大企業の社長としてだけではなく、大原美術館の設立や労働者の環境改善のための研究所を開設したり、病院を作ったり、その他にも様々な慈善活動を行ったりと、社会・文化事業に熱心だったという印象がある。

 

 その彼に多大な影響を与えたとされる岡山孤児院を創設した慈善家、石井十次との交流も描かれているのだが、この石井十次という人物が面白い。慈善家と聞くと、聖人のような迷いのない人を思い浮かべるが、この人はこれからどうするべきか、今行っていることは正しいのか、常に思い悩み、方針転換を繰り返している。非常に人間味があって好感が持てる。

 

 石井はさらに続けて、
「正直主義と大胆不敵主義。これが、わたしの信条です。わたしに言わせれば、人間の最大要素は胆力で、人物の大小とは肝の大小のこと。だから、わたしはお題目代わりに、決心、決心、決心、と唱えています。そうして、船頭として舳先に立ちます。こういうわたしにしてみれば、ぐずぐず人間は屑人間、共に事を為すに足らずです」

 p75

 

 ただ、悩んで立ち止まるのではなく、それでも止まらず前進を続ける所にこの人の凄みがある。

 

 そして、自分にとって人助けは道楽みたいなものだと言い放っているのも良い。尊い事をしているのではなくて、やりたいからやっているのだと。確かに、東北で不作の年に、孤児たちや親が養いきれなくなった子どもたちを、来るもの拒まず後先考えず数千人単位で受け入れた話は、比べちゃいけないが、捨て猫を見かけたら拾ってきてしまい、多頭飼いで収拾がつかなくなった猫屋敷の住人を連想してしまった。

 

 

 そんな慈善家に共感して、多額の寄付をし、協力する大原孫三郎。そして、石井が孤児たちに行う教育や住環境の改善などの施策を真似て、自分もそれを従業員たちに行おうとする。金持ちの家に生まれ、一生お金に困らないだろう立場の彼が、なぜ立場の違う人間たちのために力を尽くそうとするのか。それは幼い頃の経験が影響しているのではないかと思われる。

 

「孫だからよかったが、おれたちが言ったら大変じゃった」
 そのつぶやきは、いつまでも孫三郎の耳に残った。級友たちから切り離されている自分を痛いほど感じさせる言葉であった。 

p24

 

 無邪気に仲間と仲良く過ごしているつもりなのに、皆はどこかで自分を「金持ちの子」と特別視して一線を引いている。自分は皆と一緒のつもりなのに、皆は自分のことを一緒だとみなしてくれないという疎外感は、彼の心を深く傷つけたのだろう。そしてそのことが、自分は特別なんかじゃない、皆と一緒だ、自分は皆の事を考えている、という風になっていったのではないだろうか。

 

 貧乏を防ぐために社会問題研究所を設立し、マルクス経済学を研究していた河上肇に所長を依頼しようとしたが、金持ちの資本家からの依頼に河上肇が困惑して窘めた、というエピソードはちょっと笑ってしまった。でも確かに、資本家を倒せ、みたいな研究をしている人の所に、是非うちで存分に研究をしてもらいたい、と資本家がやって来たら、相当ヤバい人に感じるのは間違いない。

 

 その他にも、戦争中の空襲が倉敷で行われなかったのは、西洋の名画を収めた大原美術館の存在があったからでは?というエピソードや、美術館の名画を集めるために、児島虎次郎がモネやマチスと直接交渉した様子など、興味深い話がたくさん出てくる。

 

 聞いたことがある会社や組織、大学などが、大原孫三郎と関係していることが次々と分かって、たった一人の人間がこんなにも世の中に影響を与えられるのかと驚かされる。もちろん大金を持っていたからだというのは事実ではあるが、だからといって金持ちが皆これほどの影響を与えているわけではない。そう考えるとやっぱりすごい人だと言わざるを得ない。

 

著者

城山三郎

 

わしの眼は十年先が見える―大原孫三郎の生涯

わしの眼は十年先が見える―大原孫三郎の生涯

 

 

 

登場する作品

高い山―人物アルバム (1963年)

貧乏物語

超訳 報徳記

エミール〈上〉 (岩波文庫)

学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)

西洋事情

石井十次詳伝信天記

「ニコライ・ガノー伝」

永遠なる青春―ある保健婦の昭和史 (1975年)

棟方志功―わだばゴッホになる (人間の記録 (13))

 

 

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