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「ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅」 2013

ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅 (講談社文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

 かつての同僚の女性から余命が少ないことを知らされた隠居生活を送る老人。見舞いの手紙を書き、ポストに投函するために出かける。 

 

感想

 手紙を投函するつもりで出かけたのに、気が付けばイギリスを南から北に縦断して、歩いて相手に会いに行く気になった主人公。 何もしてやれない末期の病気の人間に対して、素っ気ない見舞いの言葉を書いた手紙を書くことしかできない自分に後ろめたさを感じてしまうのはよく理解できる。そしてポストに投函できず、ずるずると次のポストを求めて歩いているうちに、直接会いに行こうという気になったのも、極端ではあるがなんとなく分かる気がする。

 

 思い付きの行動であるために、十分な装備も用意されておらず、着の身着のままの姿で歩き続ける主人公。当然、慣れない運動で体が痛んだり、予期せぬ出来事に戸惑ったりする。しかし、様々な人々に助けられたり、勇気づけられたりして旅は続く。歩きながら自分の人生や家族についての思いを巡らせる。妻を置いて別の女性に会いに行くという行為自体もなんとなく意味深である。

 

 歩く途中で見た自然現象に啓示のようなものを感じたり、歩きながら考え前向きになったり弱気になったり、迷ったりする姿は、確かに巡礼のようである。旅というものは目的地よりもそこに至る過程に価値があるのかもしれない。日常から離れ、普段は考えないようなことを考える。旅をしながら改めて自分というものを知ることになる。時々であった人に必要以上に自分のことを打ち明けてしまうのも、旅先の気楽さがあるからだろう。

 

 自分も結構この目的地に着くまでの移動している時間が好きだ。流れる景色を見ながらとりとめのない考えが頭の中を巡る時間。日常から離れていっていることを実感できる幸福な時間だ。目的地に到着すると少し寂しい気分にすらなったりもする。

 

 主人公は徐々にこの巡礼の旅に慣れ、自身の中に押さえ込んでいた様々な感情をうまくコントロールし、ポジティブに物事を受け入れられる性格へと変わっていく。しかし、そんな彼の姿が世間で話題になり、彼とともに歩こうとする人間たちが表れる。

 

 彼らは彼らなりに主人公を解釈し、様々な思惑を持って彼にいろいろと意見を言う。それらが全く主人公の意図とは違うというのが悲しいが、世間ではよくあることだ。自分ではよき理解者のつもりでサポートしようとする者たち。これがビジネスや宗教であれば大成功だが、そうでないならただの迷惑だ。味方のつもりの彼らが足を引っ張ることすらよくある話。そんな彼らに主人公はかき乱され、調子を崩していく。

 

 そんな最悪の状態で目的地に近づきながらもさまよう主人公。ついには元同僚の女性と感動の再会をして…という安易な予想は見事に裏切られる。孤独な旅は、普段は近すぎる人と距離を置くということでもあった。そうすることで、近すぎて見えなかったものが見え、見えていたものも違うように見える。どこかで間違ってしまった二人も、一度距離を取ってみると最初からやり直す糸口が見つかる事もある。想像とは違ったが、希望の見える結末に、温かな気持ちになることができた。

 

著者 レイチェル・ジョイス

 

ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅 (講談社文庫)

ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅 (講談社文庫)

 

 

 

登場する作品

天路歴程 第1部 (岩波文庫 赤 207-1)

「雄々しく闘うその人よ」

God Save The Queen

You Don't Bring Me Flowers

Jerusalem

Mighty Like a Rose

 

 

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