★★★★☆
内容
人体にすむ微生物たちが人体に与えている影響を、明らかになりつつ研究の成果を踏まえて紹介していく。
感想
あなたが「自分の体」と呼んでいる容器を構成している細胞一個につき、そこに乗っかっているヒッチハイカーの細胞は九個ある。あなたという存在には、血と肉と筋肉と骨、脳と皮膚だけでなく、細菌と菌類が含まれている。あなたの体はあなたのものである以上に、微生物のものでもあるのだ。
p11
人体には人体を構成している細胞以上の細菌などが住んでいるという現実があり、そんな細菌たちが人体に何の影響も与えていないはずがないというのは感覚的に理解できる。ただ消化器系だけでなく、自閉症などの神経系にも影響を与えている可能性があるというのには驚かされる。
ある細菌が自らの繁栄を持続させるために脳に働きかけて、何度も手を洗わずにはいられなくなる強迫神経症を引き起こしているとか、ちょっと信じられないような事例も紹介されている。実は細菌に人間が操られれているだけなのかもしれないと考えるとちょっと恐ろしい。そして、原因が細菌という事になると、もしかしたら肥満や神経系の病気も他者に感染することがあり得るのかもと考えるとさらに恐ろしい。
本書では遅発性自閉症について詳しく説明されている。ある母親が、息子が突然自閉症になった原因を突き止めようと、医学や生命科学とは無縁であったにもかかわらず論文を読んだり、学者に協力を得ながら追究して、最終的には一つの論文を書き上げ、この分野の研究に大きな貢献をするまでになったという話は、とても感動的。まさに母の愛といったところだが、これが怪しい宗教やニセ科学に走らせることもある、というかこちらのほうが多いので、何とも言えない部分もある。この母親の熱意を継ぐように、娘が研究者の道を歩み始めているというのもまたいい話。映画化できそうである。
この遅発性自閉症を引き起こしたと考えられるのが、別の治療で使われた抗生物質。抗生物質はターゲット以外の細菌も殺すので、腸内にすむ細菌たちのバランスを崩してしまった事が原因のようだ。抗生物質は、特に様々な機能を成長発達させる幼児期の使用には注意が必要のようだ。その他、母親の健康な腸内細菌を子供に受け継がせるために、出産時の帝王切開や粉ミルクの使用などの危惧される点が紹介されていて、これから出産を考えている人は一読しておくと良さそうだ。
腸内の細菌が原因だという事であれば、特定の細菌を送り込めば治るのではと考えてしまうが、そう簡単にいかないのが難しいところ。外来種によって生態系が壊滅的に破壊された自然は、その外来種を取り除いただけではすぐに元に戻らないのと同じか。それを解決するための方法が、健康な人間の腸内細菌一式を移植する方法。本書で詳細に紹介されているが、あまり食事前には読まないほうがいいかもしれない。
具体的な説明が多くて、すらすらと読むのはなかなか難しかったが、この分野の本を読むのは初めてだったので、なかなか刺激的で面白かった。消化器官の内壁も皮膚同様、外の世界と接している面だ、という考えは、個人的には新しい視点だった。この分野の研究はまだまだ始まったばかりなので、今後も注目していきたい。いつか自分に最適な腸内細菌一式を取り入れるだけで、健康でいられる日が来るかもしれないと考えると、ワクワクする。
著者 アランナ・コリン
登場する作品
「肘後備急方」 葛洪