★★★☆☆
あらすじ
東京にやって来て住み込みで新聞配達をする予備校生。他全4篇の短編集。
感想
表題作「十九歳の地図」は、田舎から出てきて住み込みで新聞配達をする青年の物語。 多感な時期に都会に出てきて、予備校生でかつ住み込みの仕事をするという自らの境遇に鬱屈したものを感じている。そんな心を慰めるためか、自らの新聞配達地域の地図を作り、気に入らない出来ごとに遭遇するたびに印をつけている。
地図を眺めて全能感に浸っている主人公が興味深い。普段自分が行動している範囲をただ地図に表しただけで、まるで支配しているかのように感じるというのは何となく理解できる。すべてを手中に収めたような感覚。そう考えるとヴィジュアル化、見える化をして全体を把握できるようにするというのは重要な事だと実感する。権力者や金持ちが小高い場所に住みがちなのも、神社仏閣が高いところにあるのも納得だ。
鬱屈した主人公は、世間的には同じくくりで見られるだろう相部屋の30過ぎの男や隣室の同じ境遇の予備校生をこころの中で馬鹿にし、そして配達先の幸福な家庭の人たちにも憎悪を感じている。これは満ち足りていない若者であれば、多かれ少なかれ感じることだろう。そして自分は彼らとは違うと強がりながらも、違ったからと言ってだから何なのだという虚無も感じたりと、様々な思いが心の中を駆け巡っている。
時おり公衆電話でいたずら電話のような電話をかけて悪態をついたり、脅したり、罵倒している主人公。これは世間に背を向けているつもりの主人公が、それでも世間とのつながりを求めているという事を窺わせる。素直な心で人と関りを持つことが出来ず、こんな歪なやり方になってしまっている姿は、今だとSNSで有名人にしつこく絡んでいる人たちと同質のものなのだろう。悪態をつくことで自分の存在を示し、構ってもらえないかと期待している。
世間に対して肩ひじを張った姿勢、頑なな心というものは、やがて歳を重ね、様々な人と接することで自然と溶けていくものだが、そんないつか身に付く心持ちが、今の彼につかの間ではあるが一瞬訪れ、それを噛みしめられたラストに少し安堵した。
その他の短編は地方特有の土の匂いや血の匂いが漂ってくるような作品。決別することも出来ず、かといって仲良くも出来ず、その間の際から際までを行ったり来たりする事しか出来ないのが、血縁というものだなというのを強く感じさせられた。それから逃れるにはその土地を出ていくか、事件沙汰になるようなことをするしか方法はないのかもしれない。
著者
中上健次
登場する作品
「哀しみのソレンツオ」
関連する作品
映画化作品
この作品が登場する作品