★★★☆☆
あらすじ
ベトナム戦争末期にプロパガンダ政策を担当するアメリカ人と、アフリカ南部で象狩り遠征に出かけた開拓民の男、二人の物語。ノーベル賞作家のデビュー作。
感想
以前読んだこの作家の作品「恥辱」が面白かったので、デビュー作に手を出して見たのだが、全然作風が違って面食らってしまった。特に前半のベトナム戦争の対策を考えるアメリカ人の物語は、抽象的で観念的な文章が続き、読んでてかなりしんどかった。デビュー作ということで相当気合が入った文章のように感じる。
後半のアフリカ奥地に遠征し、原住民と出会った白人の物語はまだ読みやすかったが、それでも時々筋の通らない話の流れがあったりして、骨のある内容。翻訳に問題があるのでは、と少し翻訳者を疑ってしまったが、ある人物の冒険についての大学の講義内容を書籍化したものを翻訳したもの、という複雑な体裁を取っているので、敢えてそうしているということだろう。各段階を経るごとに、酷い出来事があからさまに中和されていっているのが興味深い。自分の都合のように歴史は修正されていく。
あまり関係のない話が前半と後半で語られて、二つの短編ではなくこれで一つの物語なのかと思ってしまうが、共通点は白人が他民族にひどい危害を加えるということだろうか。アメリカはベトナムに枯葉剤をまき、アフリカの白人開拓民は現地の原住民を虐殺する。
銃は自分以外の他者が存在してほしいという希望の象徴だ。銃はわれわれが旅する空間内で孤絶することに抗う最後の防御手段だ。銃は世界とわれわれのあいだの調停者であり、それゆえわれわれの救済者だ。
p133
そしてどちらも、それがさも当然かのようにふるまっているのだが、きっとそれは本当に何の罪の意識もなくナチュラルにそう思っているのだろう。そんな風に問題にすら気づいていないことが問題では?と訴えかけているような気がした。ただ、分かっていない人に分からせるということはとてつもなく難しい事ではあるが。
それでも、もしかしたら深層心理では何らかの罪を感じているのかもしれない。アメリカ人がどこかおかしくなってしまったように。アフリカ奥地を冒険した男の物語が修正されていったように。
内容はあまり良く分からなかったというのが正直なところなので、巻末の訳者による解説はかなり助けになった。次にこの作家の別の作品に手を出すのが怖くなってしまったが、また気が向いたら読んでみようとは思う。
著者
J・M・クッツェー
翻訳 くぼたのぞみ
登場する作品