★★★★☆
あらすじ
大家に頼まれ、立ち退き拒否する男の元を訪れたピンク映画の監督は、なぜか交互にそれぞれが付き合っていた女性の思い出話をするようになっていた。
綾野剛、柄本佑、さとうほなみら出演、荒井晴彦監督。原作は松浦寿輝の芥川賞受賞作。題名の読みは「花腐し(はなくたし)」。137分。
感想
ピンク映画の監督である主人公が、立ち退き拒否する不思議な男と出会い、それぞれが付き合っていた女性の思い出話を交互にするようになる物語だ。奇妙な流れではあるが、主人公には同棲していた恋人が他の男と心中してしまったという忸怩たる思いがあり、どこかでそれを吐露したかったのだろう。男に促されるままに話し始める。
ただ話自体はよくある男女の物語だ。ひょんなことから出会い、芽生えた男女の恋は激しく燃え上がるが、月日を重ねるうちに次第に穏やかなものに変わっていく。そして二人の思いはすれ違うようになり、別れを意識するようになる。
主人公の話と並行して、立ち退き拒否する男の恋愛話も語られるのが効果的だ。どこにでも転がっていそうな話だが、それでもまったく同じ話などないことを教えてくれる。そして当事者たちにとってそれはかけがえのないもので、いくつもの想いや悔いも残っている。
二人がそれぞれ語っている恋人の女性は、実は同一人物だ。時期を違えて、二人は同じ女性と付き合っていた。見比べることで、同じ出来事に対する彼女のリアクションが違うのは、経験だったり年齢だったり、様々な要因があることが推し量れて興味深い。
そして彼女と男たちのすれ違う思惑に、人生のままならなさを感じてしまう。もし違うタイミングで男たちと出会っていれば、子供を生んで幸せな家庭を築く可能性も、同志となって夢に生きる可能性も、どちらもあった。だが実際はどちらにもなれず、寂しい末路をたどることになった。
二人の彼女が同一人物であることは、観客には最初から分かるように描かれているが、主人公らがそれを知るのは終盤だ。気付くのに多少の時差があったが、その時の二人は驚きと感慨の入り混じったいい表情を見せている。
春されば卯の花腐し我が越えし妹が垣間は荒れにけるかも
万葉集
やがて物語は幻想的なラストを迎える。同じ女性と付き合っていた二人の男が偶然出会うことなどまずあり得ないので、納得できる展開だ。振り帰れば不自然な大雨から始まったことだった。そして雨の中での想い出ばかりだった。それらがじとじとと腐って発酵し、まとわりついて離れなくなった匂いが、彼に幻想を見せたのだろう。
最後に主人公は、こんな風にしていれば良かったと、パソコンの中の脚本をそっと書き直す。ドアを開け、その平行世界を覗き見る主人公の表情が切ない。そしてエンディングの、人物の表情や顔の向き、歌詞などから様々なことが読み取れるカラオケシーンに、思わず目頭が熱くなった。
スタッフ/キャスト
監督/脚本 荒井晴彦
脚本 中野太
原作 「花腐し」*
*所収
出演 綾野剛/柄本佑/さとうほなみ/吉岡睦雄/川瀬陽太/MINAMO/Nia/マキタスポーツ/山崎ハコ/赤座美代子/奥田瑛二
