★★★☆☆
あらすじ
映画化された「花筐」を含む短編集。
感想
映画の「花筐/HANAGATAMI」を観てこの本を手に取ったのだが、映画は大体この原作に沿ったものだったのだなという印象だ。ただ映画では濃厚に感じられた戦争の気配はない。だが1937年に書かれた小説なので、若者は戦争で死ぬのが当然だと思っているという大前提で書かれているのだろうというのは容易に想像できた。若い登場人物たちには、決して先は長くない人生なのだから一刻たりとも無駄にしたくないという切羽詰まった焦燥感のようなものが感じられた。巻末に収められたこの作品を映画化した大林宣彦監督の解説も興味深かった。
その他にも様々な短編が収録されているが、その中で一番面白かったのは捕鯨船に乗り込んだ著者が南氷洋で捕獲したペンギンを飼いならそうとする「ペンギン記」だ。まだペンギンが物珍しかった時代に、著者が独自の方法論に基づいて飼育法を確立していく。ペンギンのための環境を整え、最適な餌をやり、定期的な運動をさせる等、それらはすべて子供の頃に何羽もの野鳥を育てた経験から来ているそうだが、それでちゃんと飼いならせてしまったのはすごい。でも今や野山を駆け巡る子供もそうはいないだろうから、こんな事を出来る人間はほとんどいないはずだ。これは人間の能力が衰えていると嘆くべき事なのか、もはや必要のない能力なのだから気にするべきではない事なのか、よく分からなくなる。だが少なくとも、もし社会のシステムが止まってしまったら、自分なんて何も出来ずに死んでしまうのは確かだ。
それから、至れり尽くせりの世話で上手くいくようになった著者の船室でのペンギンの飼育だが、段々と落ち着いて来たら船室の外に出してしまったというのはなんだか分かるような気がする。著者は男女の恋についても同じような事がいえるかもしれない、などと言及していて面白かったが、上手くいかないからこそ夢中になれて、上手くいくようになるとだんだん関心が薄れていく、というのは人間の真理かもしれない。南極に近い地球の果てでペンギン相手に孤軍奮闘しながら、著者の頭の中で繰り広げられるその他の様々な考察も興味深い。
この本に収録されている小説は、おそらく著者の初期から晩年まで、様々な時期の作品が収められているのだと思うが、それぞれ少しずつ毛並みが違う作品が並んでいる。初期の張りつめたような文章からその後の余裕の感じられる文章へという作家としての変化もあると思うが、私小説や創作物、身辺雑記的なものから体験談まで様々な文章が書かれている。こういう何でもできる幅広さがあるからこそ、物書きとして生きていくことが出来るだろうなと思わさせられた。また、なんでも書こうという姿勢だからこそ、自分でも思わぬ文章が書けるようになったりすることがあるのかもしれない、などと思ったりもした。
著者
檀一雄
解説
登場する作品
二十年目睹之怪現狀(上冊): 中國古典名著,晚清四大譴責小說之一,呈現晚清政治民情的真相 (Traditional Chinese Edition)
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