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個人的な映画・本・音楽についての鑑賞記録・感想文です。

「ヘヴン」 2009

ヘヴン (講談社文庫)

★★★★☆

 

あらすじ

 壮絶ないじめにあっていた中学生男子は、ふとしたきっかけから同じようにいじめにあっていたクラスの女子と手紙をやりとりをするようになり、時々二人で会うようになる。

 

感想

 いじめを受けて孤独だった主人公にとって、何気ない会話ができる友人が出来たのはとても心強いことだったに違いない。心を無にしてただやり過ごすだけだった毎日に、別の意味が生まれて張り合いのようなものが出来た。それだけに二人の結びつきが実は誤解に基づくものだったと気づいてしまったのは切なかった。

 

 だがたとえ勘違いだったとしても主人公の心が慰められたというのは否定できない事実だ。それに主人公がポジティブな影響を受けた部分もある。世の中にはきっと当人たちは気づいていないだけで、こんな勘違いで結びついている関係というのはたくさんあるのだろう。それはそれで悪いことではないはずだ。

 

 

 考えてみれば斜視が原因でいじめられていた主人公と、いじめられる原因となるような行動を敢えて取っていた彼女とは、もともと大きな違いがあった。彼女は、主人公の斜視をなにか神聖な印と思い込み、勝手に共感してしまっていた。10代の少女らしいと言えばらしいのかもしれない。彼女の思いが露わになるにつれ、主人公は自身との違いに気付き、怖さまで感じるようになってしまう。途中で彼はうつ病のような状態になっていた。

 

 彼女との関係以外では、いじめグループの中で少し特殊な位置にいた同級生男子との会話が強烈に印象に残った。主人公が必死に正義や倫理を訴えるのに対し、同級生は無常な自然の摂理のようなものを冷静に返していく。この場面は色々と異様で、単なる中学生同士の言い合いというよりも、世の中のある側面を代表する何か大きな存在と問答をしているかのようで、妙にドキドキとしてしまった。

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「そんなことに付きあってやる必要ないから、いい方法を考えよう。なんでもあるから。考えればなんだってあるんだから」母さんはそう言うと笑った。

単行本 p240

 

 いじめが発覚した後の義理の母親の、素っ気ないながらも思いやりのある主人公へ対応が心に沁みた。考えてみれば主人公は、結局少女の「ヘヴン」を見ていない。「ヘブン」というものは誰かと共有できるものではなく、それぞれが自分自身の力で自分だけの「ヘヴン」を見つけなければいけないものなのかもしれない。

 

著者

川上未映子

 

川上未映子 - Wikipedia

 

 

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