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「冗談」 1967

冗談 (岩波文庫)

★★★★☆

 

あらすじ

 女友達に送った手紙に書いた冗談が原因で、人生を狂わされた男が久しぶりに故郷を訪れる。

 

感想

 手紙に書いた冗談がきっかけで大学を追われ、人生が狂ってしまった男。紆余曲折を経た彼が、15年ぶりに故郷に帰ってきたところから物語が始まる。彼がメインではあるが、各章ごとに主人公が変わり、群像劇のようでもある。 

 

 その各章の主人公たちが、メインの主人公が久々の故郷の街角で見かけた旧友や、頼みごとをしに行った友人など、最初はさして重要でもないような登場の仕方をしているキャラクター達だったので意外な感じがした。ただ、そんなモブキャラのような人物たちにもそれぞれの人生があり、過去があるという事が実感できて、深みのある物語となっている。

 

 

 この小説の舞台は、社会主義体制下のチェコなので、その実情についてある程度の知識がないとちょっと理解しにくい部分はある。主人公は、体制を茶化したことで所属していた学生同盟を除名され、大学を追放させられる。そして強制労働などに従事した後、今は研究所でそれなりの地位を得て働いている。体制に背いたことで罰せられたのに、今は普通の生活を出来ているのが不思議なのだが、意外と心の広い社会という事なのか。

 

 人生を狂わされ体制に反発心を抱いてきた主人公に、熱心な体制側の女、同じように体制に追われながらもそれを受け入れてきた宗教心の強い男、体制に目をかけられていた男など、様々な立場の人間たちが絡まり合いながら物語は進行する。

 

世界を変えようとするどんな大運動も嘲笑と愚弄を許容しない。なぜなら、それはなにをも腐食する錆だからだ、と。  

p399

 

 主人公も自身を破滅に導いた「冗談」について後から自省しているが、宗教心の強い男の言葉が印象的だった。これは理解できるがなかなか難しい。今でもSNSで見られる、軽い洒落や冗談のつもりが、嘲笑や愚弄と捉えられていざこざが起きたり、それが言論を封じようとする動きになったりもする。

 

 真剣に取り組んでいれば冗談なんて出てこないはずなのかもしれないが、だからと言って封じ込めるのも問題だ、という煮え切らない回答になってしまう。ただよく考えてみれば、セクハラやいじめ、差別などにはこれが当てはまるのかもしれない。この手の問題では、よく「冗談のつもりだった」という言い訳が聞かれるが、それは通用しない。

 

 最後は、復讐の心に燃えていた主人公の心境が変化して終わる。時は取り戻すことなど出来ず、ただ一定の速度で進んでいくだけだ。「鉄は熱いうちに打て」で、冷めてしまったら、もうどうにもならない。冷めてしまったものに、もうクヨクヨしていてもしょうがない、という事だろう。

 

 登場人物と主人公との関係、それぞれの体制との関わり方とその変化などが丁寧に描かれていて読みごたえがある。各章の主人公として、それぞれにしっかりと語らせながらも、主人公が最も愛した、気になる重要人物であるかつての恋人には何も語らせていない。それぞれにこんな物語があるのだから、彼女については読み手が想像してください、とでも言うような上手い構成だ。

 

著者

ミラン・クンデラ 

 

 

 

登場する作品

千一夜物語(1) (ちくま文庫)

絞首台からのレポート (岩波文庫 赤 775-1)

カルヴァンキリスト教綱要 (1)

田舎の友への手紙―プロヴァンシァル (1949年) (仏蘭西古典文庫〈第23〉)

 

 

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