★★★★☆
あらすじ
耳が聞こえない障害がありながらプロボクサーとして練習に打ち込む女は、所属ジム閉鎖の噂など周囲の雑音が気になり始めて、集中できなくなってしまう。
キネマ旬報ベスト・ワン作品。
感想
耳が聞こえない女子プロボクサーが主人公だ。しかし耳が聞こえない状態でボクシングをやるなんて相当大変だ。練習中の指導も限られてしまうし、試合ではゴングも聞こえず、セコンドの声も届かない。ただでさえボクシングは孤高の競技なのに、ますます孤独な戦いになってしまう。
主人公は障害のせいもあるのか、人に心を開かず、なんでも独力でやろうとする。だからボクシングは性に合っているのかもしれない。とにかく自分次第だ。強い気持ちで、自分がやればやるだけ結果が返ってくる。
だがもちろん彼女もひとの子で、いつも強くいられるわけではない。彼女なりに不安や悩みを抱えている。心配する両親や所属ジムの経営難を気にかけて心を痛め、誰にも明けることなく、ひとりで悩んでいる。やがてボクシングにも打ち込めなくなってしまう。
そんな彼女のまわりには、彼女のことを気遣う人たちがたくさんいる。ジムの会長やトレーナーたち、そして同居の弟らが彼女をサポートしようと常に気にかけている。主人公は、結局は自分次第なのだからと、最初はそれらを気にも留めていなかった。だがひとりで葛藤する中で、徐々に彼らの思いを受け入れるようになっていく。
彼女が決定的に変わったのは、所属ジム閉鎖後の受け入れ先候補だったジムを面談で訪れた日だろう。帰りに乗ったバスが真っ暗な地下を抜け出して、彼女の顔に優しい日差しが降り注ぐシーンは暗示的だった。その後、彼女は皆の気持ちを受け入れて、自身の心を開いていく。それまでほとんど笑ったことのなかった彼女が、とびきりの笑顔を見せるシーンは印象的だった。
主人公は耳が聞こえないのでほぼ喋らず、静かに進行していく。だが登場人物たちの何気ない視線やしぐさが彼らの気持ちを代弁している。誰も変に善意を前面に押し出したりせず、ぶっきらぼうなところが良い。
ボクシングの試合をするシーンも少なく、スポ根ものというよりは主人公の周囲の人間模様を描いていると言っていいだろう。耳が聞こえず心を閉ざした彼女の存在が、逆にボクシングが孤独な競技でないことを教えてくれる。それはしっかりと目を澄ませて、まわりを見てみないと気づかないことなのかもしれない。
2022年の作品で、コロナ禍で練習生が減ってジムが経営難に陥ったり、皆がマスクをしているので主人公が相手の口を読むことができなかったりと、ちゃんとこの時代を反映しているのも良かった。
スタッフ/キャスト
監督/脚本 三宅唱
原案 負けないで!
出演 岸井ゆきの/三浦誠己/松浦慎一郎/佐藤緋美/中原ナナ/足立智充/清水優/丈太郎/安光隆太郎/渡辺真起子/中村優子/中島ひろ子/仙道敦子