★★★★☆
あらすじ
各地で模倣犯が続出し、社会を騒然とさせる事態を招いた犯罪事件の、関係者となった人々の姿を描く。
感想
社会的に大きな反響を呼んだ殺人事件の関係者たちを描く群像劇だ。最初はある男とその家族、さらには両親や兄までもを含んだ一族の様子が丹念に描かれ、その合間にそれとは別のある少年の話が挿入される形で進行する。序盤はこの両者がいつどのような形で出会うのだろうとドキドキとしてしまった。
読んでいると登場人物みんなの心に闇や悩みがあることが分かる。何の不満もなく、お気楽極楽に生きている人なんてそうそういないので当たり前と言えば当たり前だ。悩みを抱える彼らが、家族だったりネット上だったりで悩みを吐露したり、誰にも言えないまま別のものに転嫁したりと、それぞれがそれぞれの方法で気持ちを処理しているのは興味深い。
そして、それによってまた新たな悩みが生まれたり、なぜ自分には打ち明けてくれないのだ?と他人を悩ませたり、ヤバい人に見つかってしまったりと、さらなる火種が発生していく。それらが偶然にうまく合わさってしまったことで事件は起きた。何かが一つでも違っていたら、また違った人間の組み合わせで別の事件になっていたかもしれない。それくらい世の中とはあやふやなものだ。
そして発生した事件は、警察やマスコミの動きや世間の反応などによって、被害者や加害者といった当事者だけでなく、その家族の日常を奪っていく。ここでは被害者の一族が徐々におかしくなっていく様子が詳細に描かれるが、これはほんの一例でしかなく、他の関係者たちの一族でも同様だろう。一つの事件がいかに多くの人々の生活を狂わせるのかがよく分かる。
(前略)無知で能天気な理想主義者だと思われたくない、自尊心の強いインテリたちが、挙(こぞ)って右傾化している。
上巻 p449
少年犯罪やネット犯罪、冤罪や社会に燻る不満など、考えさせられるトピックが散りばめられている。その中で、加害者に対する気持ちを聞かれた被害者の兄が、病気にかかってしまったようなものだと受け入れるしかない、という主旨の発言をしていたのは強く印象に残った。今でも病気だったからと無罪となるケースはあるし、その制度も理解できるが、いざ自分が当事者となったら受け入れられるだろうかと考えてしまった。
そして、だから何が起きても仕方がない、と思うようになってしまうのもどこか危険な匂いがする。そこから「決壊」が起きてしまうのかもしれない。
著者
平野啓一郎
登場する作品
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