★★★★☆
あらすじ
妻の浮気相手に暴力を振るい、殺してしまったかもしれないと怯える男。
感想
世の中、みんな分かったような顔をして歩いているが、その実、知っている事なんてごくわずか。日々やっている事のほとんどは全く合理的でなかったりする。妻に浮気されたこの小説の主人公も、なんでそれをしただけで許す気になれるのか、合理的な説明が全くできないような行為によってなんだか許せる気になってしまっている。でもなぜか自分もその気持ちが理解できるような気がしてしまうのは不思議だ。人々は自分を納得させるために時に矛盾した行動を取りながら、日々の困難を乗り越えていっているのだろう。
段々とファンタジー感が強くなっていく物語。だが、そのファンタジー部分の処理の仕方がすごいなと思ってしまった。これはファンタジーなんで、と逃げないような、全てを呑み込もうとするような描き方。人々は見えないものは無いものとして扱ってしまいがちだが、その見えない暗闇には、実は見えないだけで多くのものが蠢いていたとしても不思議ではない。それに案外、自分が見ている世界は実際の世界のごくわずかでしかなかったりする。
それを踏まえた上で、チラッと暗闇の中から何かが見えたからといって大騒ぎしたりせず、そういう事もあるだろうと鷹揚に構えている事が大事だ。本人にとっては大ごとかもしれないが、他人から見れば理解できなかったり、とりとめのない事だったりする。それにこだわってしまうと自分の足をすくわれてしまうかもしれない。世の中には自分の想像を超えたことはたくさんあるのだ。
誰もがいいそうなことをいっていた。凡庸な生活を守るためには、凡庸な言葉を避けるわけにはいかなかった。
p129
ちゃんと地の文にも印象的な言葉はあるが、著者はヒットドラマを何本も手掛けた有名脚本家だけあって、セリフだけで多くを描写してしまうシーンが多い。何となく脳内で「ふぞろいの林檎たち」風に会話を再生してしまって、読んでいるうちに久々に山田太一脚本のドラマを見たくなってしまった。
著者
山田太一