★★★★☆
あらすじ
公衆トイレの清掃員として働き、日々を淡々と生きる男。
ヴィム・ヴェンダース監督、役所広司主演。124分。
感想
清掃員として都内のトイレを掃除して回る男が主人公だ。無口で黙々と掃除する様子が繰り返し描かれる。彼は会社員らしいが単独で行動し、時々同僚と一緒に働く。どういう労働形態?と思ってしまうが、おそらくは単なる労働者としてではなく、職人的人物として描こうとしているのだろう。仕事道具などにも独自の工夫を凝らしているらしい。
主人公が巡回して清掃している公衆トイレはどれも洒落たデザインで、それはそれで興味深かったのだが、彼の職人気質をクローズアップするのなら、普通の公衆トイレの方が良かったような気がする。だがそもそもが、これらの洒落た公衆トイレを紹介する目的で始まった映画の企画らしいので、それはしょうがない。それに普通の公衆トイレだと画的につらそうでもある。
彼の職人的な、迷いなくテキパキと働く姿は、確かに見ていて気持ちがいい。ただ、それを拭いた後でそこを拭く?とか、それを触ったあとでそこを触る?みたいな細かい部分は気になった。毎日のことなので、きっと衛生面も考慮した上で作業手順を組み立てているはずだから問題ないのだろうが、逆に感覚が麻痺してしまうこともあるからなと心配してしまった。
主人公はこの仕事に満足しているようである。背景に社会的要因があってこの仕事をやらざるを得ない環境にいるのなら話は変わってくるが、彼は他にも選択肢がある中でこの仕事を選んだようなので、それで幸せならそれでいいじゃないかと思える。
主人公の仕事ぶりと同様に印象深いのは、規則正しい生活を送っていることと、草木を愛でて写真を撮り、音楽を聴いて本を読むような、ちゃんと人生を楽しんでいることだ。ただ金のために働いて寝るだけではない。健康で文化的な生活がそこにはある。特に毎朝仕事に向かう車の中で、缶コーヒーを飲みながら自ら選んだ一曲をカセットテープで聴くルーティンは良いなと少し憧れた。
質素で規則的ながらも文化的な生活を送る主人公はまるで仙人のようだ。まさに「足るを知る」で、本当に必要なものだけで暮らし、煩悩に苦しむことなく満ち足りている。前半は主人公のそんな日々が淡々と描かれる。そしてそれだけなのに、なぜか全然見ていられる。
だが後半になると、主人公に様々なイレギュラーな出来事が発生する。同僚が辞めたことで仕事のシフトが乱れたり、家出した姪がやってきたり、そのせいで疎遠だった妹と久々に再会したりする。そんな中で仙人のように達観していた主人公にも、感情の揺れが見えるようになった。
これはルーティンを守り、代わり映えのしない日々を送ろうとしている主人公にすら、代わり映えのする日があるということである。また大きな変化だけでなく、毎朝見上げる空や変化するスカイツリーの表情、いつも行く飲み屋が混んでいて、いつもとは違う席に座ったりするような些細な違いもある。同じようでも人生に全く同じ日などない。
そんなささやかな変化に気付き、それを楽しめるのなら、大金などなくても幸せな日々を送れるのだろう。毎朝、新しい一日の始まりにワクワクできる。
主人公のように僅かな濃淡しかない日々を重ねれば、やがて色は濃くなり、ついには本物の仙人のような心境に達することができるのかもしれない。だがどんなに目指しても、そこまでたどり着けないのが人生の味わい深さだ。様々な感情が去来し、笑いたいのか泣きたいのか、主人公がなんとも言えない表情を見せるラストシーンは、心に残る。
スタッフ/キャスト
監督/脚本 ヴィム・ヴェンダース
脚本 高崎卓馬
製作総指揮/出演
出演 柄本時生/中野有紗/アオイヤマダ/麻生祐未/石川さゆり/田中泯

