★★★★☆
あらすじ
コロナ禍の緊急事態宣言が発令された社会で、保育園児の娘の面倒を見ながら仕事をするフリーランスの夫婦を描く表題作他、一編を収録。
感想
二編が収められた作品集だが、どちらもある夫婦が交互に語る形式になっているので、連作小説のように読める。
表題作は、コロナ禍で幼い子供の面倒を見ながらステイホームする夫婦が、日々の心境を交互に語っていく。何か大きな事件が起きるわけでなく、交代で子供を公園に連れていったり、一緒に昼ご飯を食べたりするような、ささやかな日常が描かれていく。
夫婦の心境が交互に語られることで、同じようなことを考えていながらも微妙な差異があったり、同じ話題でも温度差があったりと、夫婦間の小さなギャップが見えてくるのが面白い。それはやがて溝を生むようなものではないが、夫婦と言えども心が一つなわけではないのだと、至極当然のことを再認識する。
機嫌が悪いのだろうかと気配をうかがうが、そういうわけでもないようだ。機嫌が悪いかどうか尋ねることで機嫌が悪くなることがあるから、絶対に確認はしない。
「願いのコリブリ、ロレックス」p47
また彼らが互いに思っていることをすべて言葉にして伝えているわけでないことも分かる。我慢するとか相手を尊重するとかいうことだけでなく、敢えてそのままにさせておくということもある。このさじ加減は結構重要で、相手も自分も不快にならずに済むレベルに調節できないと、これはやがて関係の破綻を招いてしまう。だから無理せずそうできる相手こそが、良いパートナーということになるのだろう。
交代で世話をすることで、夫婦が同じような子供とのやり取りを、時間を置いてしているのも興味深い。当然これもまったく同じではなく、微妙な差異や濃淡はある。だが子供が飽きずに同じことをくり返す習性は、両親に共通の体験を与え、家族の絆を深める役割を果たてしてもいるのかもしれないと感じた。
時が止まったような社会で、止まることのない子供の成長に焦る様子もリアルだ。やるべきことをやってあげるタイミングを逃しているのではと恐れている。
とはいえ、おおむね緊急事態宣言下の社会は、パニック映画のような騒乱ではなく、だらりと弛緩した空気の中で過ごしていたなと、しみじみと思い出す。何があっても市井の人間はそうやって暮らしていくのみだ。そんな日常が描かれる、味わい深い小説だ。
著者
収録作品
願いのコリブリ、ロレックス/ルーティーンズ
登場する作品
ルーティーンズ

