★★★★☆
内容
アメリカ人ジャーナリストが中国でタクシーを運転し、乗客たちから本音を聞く。
感想
まずは、今はどれぐらい交通マナーが良くなったのか、分からないが、あのカオスな交通事情の中国で、外国人が車を運転すること自体がすごいと思ってしまった。よくそんな気を起こしたなと感心する。
著者が始めたのは、ただで車に乗せてあげるので、その代わりに話を聞かせてください、というフリータクシー。ただ、運転中の客との会話が紹介されていくのかと思ったらそうではなく、興味深い乗客と連絡を取り合い、家庭や会社を訪れるような深い付き合いをして、それぞれの考えていることを深く掘り下げて取材していくというやり方だった。
様々な事が語られるのだが、やはり気になるのは政治体制の話。政府が締め付けをきつくしていく中で彼らが何を感じ、どう考えているのかが紹介されていく。彼らの多くが、今の体制は決して手放しで素晴らしいとは言えないが、かといってひどい状況とは思っていないというのは意外だった。
でも考えてみれば、今の中国人たちは親たちの世代からは信じられないほどの良い暮らしが出来るようになったのは事実なわけで、それをさすがに最悪と言えないのは当然か。
そして、冷静に中国の状況を見極められる知識層の中でも、中国の体制を良しとする人たちが出てきているというのも驚きだった。アメリカ大統領にトランプが選ばれた事がそのきっかけだったというのは面白い。それまで民主主義は素晴らしいと思っていた一部の中国人たちは、その欠陥をまざまざと見せつけられ、失望させられてしまった。
そう考えると、トランプ大統領が誕生した時に、中国やロシアの政府が喜んでいたのも理解できる。民主主義体制の欠点を指摘して責めることで、自分たちの体制を強化するのに便利な存在だったということだろう。それだけトランプ大統領の誕生は世界中に色々なインパクトを与えた。
人びとが政治について語ることができなければ、体制を変える工夫に着手することなどできない、と共産党は知っている。端折られた会話、言いよどみ、そうした一つひとつが、独裁主義と政治的現状にとって小さな勝利になってゆく。
p33
それから、もはや中国人たちは、政府が遮断している外の情報をそんなに求めなくなっているというのもショッキングだった。映画「マトリックス」のように真実の世界ではなく、与えられた世界で満足して過ごしている。ここ10年の中国の情報統制や監視体制の構築は成功をおさめつつあるということか。
でも日本にも中国のような強権的な政府を望む人は一定程度いる。読みながら日本社会とそんなに変わらないかもと思うような箇所がたくさんあった。そういった社会にアメリカ人である著者は驚いたり憂慮したりしているが、日本人はきっと著者ほどには驚いたり憂慮したりはしないだろう。少しは理解できてしまうような気がする。
このような政治体制の話だけでなく、この他にも家族や道徳、宗教の話、政府に抵抗を続ける人たちの話など、興味深い話が次々と出てきて面白かった。そして、生きていくために、より良い暮らしのために、中国各地、世界各地を飛び回る彼らのバイタリティには本当に圧倒される。
なんとなく中国はここ最近、力をつけてきた国みたいに考えがちだが、長い人類の歴史の中で考えてみれば、ここ200年くらい調子が悪かっただけで、結局、今の位置が定位置、という事なのかもしれないなと思ったりした。
著者
フランク・ラングフィット
登場する作品
「墓碑 中国六十年代大飢荒紀実」 楊継縄
「習大大愛着彭麻麻」
「Scarborough Fair / Canticle(スカボロー・フェア)」
「主よ、あなたに付き従う」
「剣客」 賈島
「溢れんばかりの花が満開」
「憫農」 李紳
ファン・ファン・ファン (Mono, 2001 Digital Remaster)
「The People's Republic of Amnesia: Tiananmen Revisited (English Edition)(記憶喪失人民共和国 天安門再訪)」 ルイザ・リム
「アメイジング・チャイナ(厲害了,我的國)」