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「スパイの妻〈劇場版〉」 2020

スパイの妻<劇場版>

★★★★☆

 

あらすじ

 太平洋戦争が間近に迫った神戸。貿易商の妻として裕福な暮らしを送っていた女は、満州出張から戻ってきた夫の行動に不信を抱くようになる。

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 キネマ旬報ベスト・ワン作品。

 

感想

 戦争が迫り、息苦しい雰囲気になっていく世の中で、洋風の裕福な生活を送る貿易商の妻が主人公だ。ただでさえ当局に目を付けられやすい状況にもかかわらず、不審な行動を取る夫に不安を覚えている。最初は二人がたびたび口論する様子が描かれて、その関係に亀裂が生じてしまうのではと危惧させる。

 

 そしてついに夫が不審な行動の理由を打ち明け、それを聞いた妻がその後に当局を訪れたときは、最悪の展開になるのかと震えたが、実際には予想とは真逆の意図があったことが分かって驚かされた。その前の金庫から書類を持ち出すシーンで、倒してしまったチェス盤の駒を直す主人公の顔に強烈な光が差していたのが印象的だったが、それはこれを暗示していたのだろう。

 

 

 このシーンに限らず、この映画では光と影の使い方がとても印象的だ。そしてその光と影の間を行ったり来たりしながら話をする登場人物たちの動きも興味深い。相手の背後に立ったり正面に回ったり、近づいたり離れたりするその動きから、何らかの意味を読み取れそうだ。

 

 それにしても怪しい夫の動きに注意を取られていたら、それを見ていた主人公の方が大きく変わってしまう演出は意表をついて見事だった。

 

 しかし、最大の目的のためならそれ以外は切り捨てる主人公の態度には凄みがあった。ぎりぎりの状況の中では、全部を守ろうとすれば全部ダメになってしまう公算が大きい。冷酷かもしれないが、賢明な判断なのだろう。そもそもこの状況で日和らずに、危険な道を選択した時点で、既に相当な覚悟をしていたはずだ。

 

 やがて夫婦は一つの目的のために手を取り合う。そして徐々に緊張感が高まっていく中で迎えるクライマックス。まさかの展開がまた待ち受けていた。しかもその見事な流れには、思わず感嘆させられた。まるでスピルバーグの映画のようだ。しかしこの展開は色々な解釈ができそうだ。それを考えるのもまた楽しい。

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 劇中で主人公の夫が軍人を見つめる態度には、戦争に対する批判的なまなざしが強く感じられた。特高警察による拷問や戦争犯罪の描写もある。映画からなんとなく今の社会の空気に対する危惧のようなものが感じられた。ただ冷静に考えれば、拷問や戦争犯罪は実際にあったことなので、それを事実のままに描いたら反戦表現だと思うのはおかしいのだが。

 

 主演の蒼井優と夫役の高橋一生が良い演技を見せていた。中でも映写機で映像を確認するシーンで、蒼井優が顔の表情だけでフィルムの内容を物語っていたのは見事だった。

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 まるで実話を基にした物語かのように、その後の主人公らの様子をテロップで伝えるラストは味わい深く、クライマックスからそこに至るまでのシークエンスもまた見ごたえがあった。

 

 上質のサスペンスを堪能できる作品だ。満足感に浸れた。

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本 黒沢清

 

脚本 濱口竜介/野原位

 

出演

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高橋一生/東出昌大/恒松祐里/みのすけ/玄理/笹野高史/川瀬陽太

 

音楽 長岡亮介

 

スパイの妻 - Wikipedia

 

 

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