★★★★☆
あらすじ
昭和天皇パチンコ狙撃事件などを起こしたアナーキストの奥崎謙三は、戦時に属していた部隊で上官が部下を射殺する事件があった事を知り、遺族とともにその真相を探る。ドキュメンタリー映画。
感想
アナーキスト・奥崎謙三の姿を追うドキュメンタリー。最初に彼が商売を営む店舗が映し出されるのだが、いきなり強烈なビジュアルだった。「殺す」という文字を含む言葉が書かれたシャッターや街宣車のような車が登場する。これだけであまり近づいてはいけないタイプの人だなという事が分かるが、それと同時に、でもどんな人なのだろうという興味は湧く。カメラは彼の姿を追い続け、序盤は脈絡がない感じだったが、次第に終戦のどさくさで行われた戦地での上官による部下の射殺事件の真相を探る奥崎の姿に焦点が絞られていく。
奥崎は話を聞くために、かつての上官たちの元を訪れていく。部下だった奥崎を迎える当時の上官たちは、まずは満面の笑顔で迎えるが、その後、来意を知ると顔を曇らし、やがては怒ったり、はぐらかしたりと変化していく。そして、そんな彼らに対して真摯に訴え続け、時には暴力を振るいながら真相を聞き出そうとする奥崎の姿はなかなかショッキングだった。
そして上官たちはぽつりぽつりと当時のことを語りだす。それが真実かどうかはともかく、彼らがとにかく何かを語ろうとするのは意外だった。彼らのやましさの裏返しなのかもしれないが、それでもやはり彼らは根が善良なのだろうと感じさせる。何十年も前の思い出したくない出来事を追及する人間が突然やって来たら、今ならほとんどの人が何も語らず追い返すような気がする。この何十年で日本人は猜疑心に満ち、自己防衛に徹して何も話せないような、荒んだ心の持ち主になってしまったのかもしれない。
彼らによって語られ始めた当時の様子の中で、普通に人間を食べていた話が出てくるのが恐ろしかった。当時がいかに異常だったかがよく分かる。彼らの多くが話の途中で感極まり、思わず涙がこみ上げ嗚咽するのが印象的だった。平穏な今では信じられないような極限状態だったのだろう。敵と戦うのではなく、ただ生き残るためのサバイバルゲームをするだけの状況に陥ってしまったこの戦争が、いかに間違っていたのかがよく分かる。
現在では、こんな戦争に憧憬の念を抱いている人たちが少なからずいるようなのだが、まったくその気持ちが知れない。そもそも負けた戦争になぜ憧れているのだろうか。ナチスドイツを持ち出しただけで大騒ぎするくせに、なぜか大日本帝国は賛美しようとするのもよく分からない。何かと話をはぐらかそうとする上官たちだったが、戦争なんて二度としてはいけないという事だけは、皆口を揃えて言っている。それが戦争のリアルを示していると言えるだろう。
暴力も辞さず、なんとしてでも目的を果たそうとする奥崎の迫力は凄まじく、思わず彼の言動に見入ってしまうようになる。ただ何かと罰が当たったと言う彼の考え方は彼の考え方でしかなく、そこには独りよがりな自分勝手さも感じる。共に行動していた遺族を気にかけることなくずんずんと歩いていく姿や、しまいには遺族の代わりに役者を立てるようになったところにもそれが表れていた。上官たちの家族を巻き込んでしまうのも気の毒だった。
そして、直接の映像はなかったが、彼の想像を超えた行動で迎えた幕切れには唖然としてしまった。アナーキストらしいと言えばらしい。ただ彼は自分のやった事に対してはきっちり責任を取るという信念があるから、世の多くのやりっ放しの人間たちよりも信用は出来る。責任を取るなら何やってもいいわけではないだろうと思わないでもないが。
それからあまり内容とは関係ないのだが、気持ちが先走りつっかえつっかえ話す奥崎とは対照的に、言葉巧みに相手を丸め込もうとする上官たちの姿には強く印象に残るものがあった。これを見ていたら、人当たりの良さや体裁の良さを保つ能力が、生きていく上で何よりも役に立つのだろうなと容易に想像できてしまって、少し辛いものがあった。彼らを上官たらしめていたのもきっとこの能力のおかげなのだろう。
もし奥崎にも同じような能力があったら、きっとより多くの支持者を集めていただろうし、彼の活動内容も変わっていたような気がする。何度か選挙にも出たらしいが政治家になれていたかも知れないし、今ならSNSなどを使ってちょっとした一大勢力を築けていたかもしれない。最近の世の中は、この能力を重視する傾向が強くなってきているように思える。
観終わった後も、いろんな思いや考えがぐるぐると頭の中を駆け巡り続けている。とてもインパクトのあるドキュメンタリー映画だった。
スタッフ/キャスト
監督/撮影 原一男
出演 奥崎謙三/奥崎シズミ