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「残像に口紅を」 1989

残像に口紅を (中公文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

  章が進むごとに使えない文字が一つずつ増えていき、同時にその文字を含む名前を持つ存在も消えていく世界で、主人公である小説家が何とか作品を成立させようと奮闘する。

 

感想

 小説から使える文字を一文字ずつ減らしていくとどうなるのかを試みる実験的な作品だ。さらに文字が消えるだけでなく、その文字を含む名前を持つ存在も消えていく設定だ。面白いのだが、こちらに関してはルールに曖昧な部分があり、著者のさじ加減ひとつでどうとでもなりそうな、はっきりしない感はあった。

 

 ただそうなると主人公がよく知っているものが消えていき、名前を知りたいとも思わない関心のないものだけが残っていくことになるのでなんだか面白い。人間だったら家族・友人や恋人、それに嫌いな人や苦手な人など、普段気にかけている人たちがいずれ消えてしまい、名前も知らないまったくの赤の他人だけが残り続けることになる。自分にとってのモブキャラたちと、全く興味のないモノしか存在しない世界とはどんなものなのか、一度体験してみたいものだ。口を開いても何一つ言葉が出てこないのだろうか?

 

 

 文章に関しては中盤くらいまで、制約があるとは思えないほど違和感のないものになっていたので意外だった。面白みがなさ過ぎるからか、最初の頃は消えた文字を持つため消えてしまったモノや人を、わざわざクイズぽく仄めかしているくらいだった。

 

 そしてどんどんと使える文字が減って窮屈となっていく状況の中で、突然おもむろに著者が自分の人生であまり語って来なかった時期の話を始めるのも興味深かった。なぜこの状況で?と意表を突かれるが、制限があった方が書きにくいことも書けそうな気がして、書く気が起こるというのは分かるような気がする。

 

 文章上達を目指す人なども、たまにこの小説のような試みをしてみると良いかもしれない。主人公が言及しているが、制約があることで普段使わない言葉や表現が出てきたりして、新しい自分を発見し幅が広がる。また、制限があるからこそ面白くなることもあるだろう。夢の話がつまらないのは制限がなく、なんでもありだからだ。

 

すべての行為、行動が仕事というのはまるで人気タレントだが、人気タレントとて今や分衆に対応した分極化を遂げ、それぞれのジャンルに存在し、その数も十年前の数十倍となっていて、いずれはほとんどの人間が人気タレントになってしまうといった兆しもなくはない。

p49

 

 みんなではなく、誰かにとっての有名人があちこちにいる今日の世界を予言するかのような言葉も飛び出しながら物語は進む。自然だった文章は終盤にようやく変調をきたし始め、そして結末へと向かっていく。見事にやり遂げたなと感心したが、そこに物語まで求めてしまうのはさすがに酷か。

 

 ちなみにこの本のタイトル「残像に口紅を」は文中に登場した言葉なのだが、制限があったからこそ生まれたものなのだろうか?良いタイトルだ。

 

著者

筒井康隆

 

残像に口紅を - Wikipedia

 

 

登場する作品

脂肪の塊 (1955年) (河出文庫)

女の一生

ドン・キホーテ 全6冊 (岩波文庫)

夜の果ての旅 上巻 (中公文庫 C 22)

雪白姫 (白水Uブックス)

それから

縮図

かの子撩乱 (講談社文庫)

罪と罰 1 (光文社古典新訳文庫)

 

 

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