★★★☆☆
あらすじ
「介護人」として「提供者」の世話を続ける女は、成人するまで暮らしていた全寮制の学校での思い出を振り返る。
感想
介護人である主人公が、成人するまでを過ごした全寮制の学校時代の暮らしや友人たちとの思い出を回想する物語だ。主人公のどこか違和感のある思い出話を聞いているうちに、彼女たちの秘密が明らかになっていく。ただ、その秘密が簡単に推測できてしまうものだったので、その種明かし自体にはあまり面白みがなかった。
それにその秘密自体も今となってはそんなに真新しいものではない。この本が書かれた当時なら新鮮だったのかもしれないが、個人的にはかなり今さら感があった。訳者あとがきで、著者がネタバレを気にしていなかったことが明かされているので、そもそも著者はミステリー的なものを書きたかったわけではないのだろう。
著者が描きたかったのは、おそらく主人公たちの日常生活だ。友人と喧嘩したり、自己主張したり、恋をしたり、悩んだりする様子が丹念に描かれている。自分たちとは違うと思っている者たちが、自分たちと同じように考え、同じような経験をしていることがよく分かる。
それと同時に、彼らが驚くほどすんなりと自分たちの運命を受け入れているのも印象的だ。自分たちがどんな存在なのかを知ったら、ショックで落ち込んでしまいそうなものだが、特に取り乱す様子もなく淡々と過ごしている。
だが考えてみれば、わずか80年ほど前の日本人男性だって、戦場で死ぬことが当然と考えて生きていたわけだから、人間とはいとも簡単に状況に適応してしまうものなのだろう。もしかしたら今の我々だって後世の人から見たら信じられないような何かを普通に受け入れて、暮らしているのかもしれない。
彼らの人生や思いがしっかりと丁寧に描かれている物語だとは思うが、ですます調の文体だったり、子供の話だったり、うわさ話だったりと、自分の苦手な要素が多くてあまりピンと来なかった。そこまで気分が乗れない作品だった。
著者
カズオ・イシグロ
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