★★★★☆
内容
「東京物語」で助監督を務め、その後直木賞を受賞した作家による監督・小津安二郎の考察が、思い出を交えて語られる。
あらすじ
名作「東京物語」の撮影に参加したのだから、さぞや巨匠・小津をリスペクトして仕事をしていたのかと思っていたら、現場に波風を立てるような血気盛んな様子だった著者にビックリした。
ただ考えてみれば、その他にも木下恵介らがいるそうそうたる監督陣に分け入って、監督になろうとしている助監督なのだから、ギラギラしていて当然なのかもしれない。権威にたてつく反骨心があるような人間でなければ、監督にはなれないのだろう。
そして、そのバチバチとした競争が日本映画を盛り上げていたのかもしれない。著者と同年代には大島渚や篠田正浩らがいて、今から考えればそうそうたるメンバーたちの競争だったわけだ。すごい先輩たちに恐れ入っているようでは駄目で、彼らを倒す気骨が必要だ。著者も述懐しているが、それは若さの特権でもある。
理解はしばしば人間をたじろがせてしまう。理解さえなければ出来たはずのことが出来なくなって来る。行動に足枷がかかる。
単行本 p35
そんな若手たちの気概を大きく包み込むような大御所たちの態度にも感心する。うるさい邪魔な存在として彼らを見るのではなく、彼らの気持ちを理解しつつ、伝えるべきことは伝え、未熟ながらも映画人の仲間として扱っている。クリエイター同士のあるべき姿、関係といえるだろう。
小津を倒すべき古い監督と見ていた著者が、時が過ぎるとともに小津作品に屈服させられていくということが、小津の凄さを物語っている。彼が作っていたのは時代とともに消えていく映画ではなく、どんな時代でも愛される普遍的な映画だという事を時間をかけて著者に思い知らせていく。
そんな著者の「東京物語」のラストシーン、笠智衆と原節子が会話するシーンの解説は、なんであのシーンが妙にドキドキしたのか、その謎を解いてくれた。自分の中でうまく説明できなかったことが言語化され、改めてハッとさせられた。そしてこれも、なんとなくであってもそのニュアンスを伝える小津の凄さでもある。
この本を読んでいると、はっきり言葉にしなくてもニュアンスで伝えられてしまう才能が、小津を生涯未婚のままにさせたのかなと思わなくもない。具体的なプロポーズの言葉をはっきりと口にすることが出来なくて、いつも照れてニュアンスだけで、相手もはっきりした言葉がないからどうすることも出来ず、ただずるずると続くだけの関係。そんな姿を想像してしまう。
それから、小津と同時代を生きた映画人たちがたくさん登場するが、なかでも溝口健二監督の話が面白かった。自分が持っている僅かな知識では、彼はとんでもないパワハラ男だという事になっているので、小津が悪ふざけする姿にオロオロしていたという話は意外な感じがした。彼は性格が悪いのではなく、権威を信奉しているだけという事なのかもしれない。監督というものは権威のある立場なのだから、自分だけではなく監督という立場の人には皆、威張り散らしていて欲しいと思っている。
小津作品に限らず、この時代の映画をもっと見たくなるような本だった。
著者
高橋治
登場する作品
小津安二郎の芸術〈上〉 (1978年) (朝日選書〈126〉)
「鶴亀」 里見弴
登場する人物
この作品が登場する作品