★★★☆☆
あらすじ
友人の死や子どもの障害により心が塞ぎ、停滞した日々を送っていた男は、海外帰りの弟に誘われて、故郷の四国の寒村でしばらく過ごすことにする。
感想
妻や弟と共に故郷の四国の寒村に戻った男が主人公だ。東京での沈んだ心を引きずったまま、相変わらず引きこもって暮らす主人公が、曾祖父時代の一揆の伝承をなぞるように村人たちを扇動し、スーパーマーケットを襲撃するようになる弟を見つめる物語だ。
主人公は弟を批判的に眺めている。一揆を扇動しておきながら村人たちを捨てて逃亡した曾祖父の弟を英雄視するなんて、それにお前はそんな人間ではなかったではないかと冷めている。主人公は、一族の歴史や生まれた場所は関係なく、個人は個人という考えなのだろう。ある意味で現代的で、若者らしい考え方だ。
しかし、それは理想の上ではそうかもしれないが、実際はやはり歴史や場所に影響を受けている部分は誰にだってある。違う歴史、違う場所で生まれたら、また別の違う人間になっていたはずだ。まったく今と同じ人間にはならない。だからアイデンティティの問題を考える時、やはりそれらは重要な要素となる。おそらく主人公は薄々は気づいていて、だからこそ遠ざかっていた故郷に戻ろうと決意したのだろう。
若く意気軒昂な時は、「自分は自分だ」と威勢よく言っていられるが、年齢を重ねて様々な経験を経ると、知らないうちにまとわりついているしがらみに次第に気付くことになる。年齢を重ねると歴史や土地に関心が出てくるのはそのせいかもしれない。ただ、弟のようになんでも土地や歴史のせいにするのも、主人公のように個人の問題だからそれは関係ないとするのも極端で、結局はほどほどに、中庸がいいということなのだろう。
あいつらは敵を自由に踏みにじることのできる弱者だと見くびってしまうと、圧倒的にあつかましいことをやるからなあ。
p361
その他、定期的に繰り返される体制への反旗、村社会の陰湿さ、気まぐれな社会集団など、様々な要素が詰め込まれた物語だ。中でも、主人公の弟が、安保闘争、転向、村での蜂起と、個人の中でも周期的に体制へ反旗を翻しているのが興味深い。村での暴動でも村人たちのモチベーションに波があり、ある社会に属する人々のこの波長がおおよそシンクロした時に、大きな社会変革は成し遂げられるのかもしれないと思ったりした。
ごつごつとした文章でかなり読むのに苦労した。曾祖父の弟の本当の姿が見えてくる物語としての面白さもありながら、いろいろな要素が詰め込まれており、まだ自分の中で噛み砕いてうまく消化できていないというのが正直なところだ。
著者
大江健三郎
