★★★☆☆
あらすじ
聖職者として出世を目論んでいた青年は、町長の子供たちの家庭教師として雇われる。
感想
貧しい家に生れながらも立身出世を夢見る青年。ナポレオン失脚後の王政復古期の時代で、軍人ではなく聖職者としての道を選ぶ。しかし、あまりキリスト教の世界は知らないが、あからさまに立身出世のために、と言っているのが、宗教的じゃなくてある意味すごい。日本でも昔は余った子供は寺に奉公に出されていたので、同じようなものか。宗教をやっておけば食べ物には困らないという認識。
そして物語の中で描かれる聖職者たちは、政治家に圧力をかけたり、自身の出世のために貴族を利用したり、内部抗争をしたりと、ドロドロとした部分を赤裸々に描かれている。こんなことを書かれても、当時の宗教界は反発したりはしなかったのか、気になる。
そして新たな勢力として描かれるブルジョアたち。彼らは彼らでえげつない。
要するにヴァルノ氏は、地元の乾物屋たちには「きみたちのうちで一番の馬鹿を二人、教えてくれ」といい、法律家には「一番の無知を二人、教えてくれ」といい、医者には「一番のやぶを二人、教えてくれ」といったのである。こうして業界きっての恥知らずたちを結集したとき、彼は宣言したのだ。「われわれで一緒に支配しよう」と。
上巻 p286
そんな状況の中でうまく立ち回ろうとする主人公。しかし、打算的になろうとしながらもプライドが邪魔をする。心の中で自分の出自を気にしながらも貴族や聖職者やブルジョアを軽蔑している。主人公の心の中で彼らの仲間入りをしたいという気持ちと、彼らのようにはなりたくないという気持ちが戦っているようにも見える。
そして、立身出世のための一環として、町長の夫人に手を出す主人公。出世の手助けを期待しての事だが「今日は彼女の手を必ず握る!」みたいに自分にミッションを与えて、それを達成していくという主人公のやり方はかなりしんどそうだ。「いや今日じゃなくて今週中ということにしよう」というよくある逃げも許さず、それが出来ないなら死んだほうがましだと追い込む。彼のプライドの高さを感じさせるが、それを本当にやり遂げるのだからすごい。
だが、恋愛事まで打算的に行う事には歪なものを感じてしまう。そこから始めてしまったものだから、自分の恋愛感情というものがうまく理解できていない。罪の意識で不安定な夫人をなだめながら上手く支配できていると安心している姿には、少し不憫ですらある。
下巻では夫人との恋を終えパリに向かう主人公。次は大貴族の娘と関係を結ぶ。このときも自分の素直な感情を抑え込み、プライドや打算のために必死に手練手管を弄している。そしてついには立身出世のゴールが見えた時に事件が起きる。終盤はドラマチックな出来事が立て続けに起き、もっと盛り上げてもいいような気がするが意外と描写があっさりとしている。
主人公は結局、プライドの高さゆえに誰も好きになれなかったという事なのかもしれない。権力者たちを憎み、自分に同情を寄せる民衆まで見下している。最後は愛する人よりも自分の名誉を選んだ。終始、人が自分をどのように見るかだけを気にして生きることになった。ただ世間体を気にしているのは主人公だけではなく、貴族や聖職者も同じなので、時代的な影響も大きいのだろう。
当時の社会や不安定な政治状況を説明した上巻の巻末の解説は、フランス史に詳しくない自分にとってはかなりの助けとなった。聖職者を目指す若者が民間との間を行ったり来たりするのは、良く分からなかったが。
様々な説がある「赤と黒」という題名の由来は、赤が情熱やプライドといった主人公の本来の感情で、黒が出世や駆け引きといった打算的なものを表しているように個人的には感じた。
著者
スタンダール
登場する作品
「教皇論」 ジョゼフ・ド・メーストル
「回想録」 ヴェサンヴァル
「先駆者」
バビロンの王女・アマベッドの手紙 (岩波文庫)「バビロンの王女」
「ユゼリの旅」
Marino Faliero (French Edition)
「フランス史」 ヴェリ
牧歌/農耕詩 (西洋古典叢書)「農耕詩」
「回想録」 レトワール
The Letters of a Portuguese Nun (English Edition)
「回顧録」 ナポレオン
「回想録」 サン=シール元帥
The Memoirs of the Duke of Saint-Simon: On the Reign of Louis XIV and the Regency (English Edition)
チマローザ作曲 歌劇 秘密の結婚 [DVD] [Import]
「Memories of Napoleon on SaintHelena」 the Comte de Montholon
「フランス紀行」 ロック
フランス十七世紀演劇集 (中央大学人文科学研究所翻訳叢書12)「ヴァンセスラス」 ロトルー
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