★★★☆☆
あらすじ
友人に会いに行くついでに以前訪れたフェカンに立ち寄ることにした男の心中を描いた「フェカンにて」他、11篇が収められた短編集。
感想
実験的な小説が並ぶ短編集だ。中では最も長い「フェカンにて」が面白かった。フランスの街・フェカンを再訪する主人公が、前回訪問時に思いついた小説のアイデアなどについて道中で考えをめぐらす物語だ。
こうしたらいいかな等と小説の構想を練っている様子を描きつつ、似たような展開の物語が進行している。今読んでいる小説の制作過程を読んでいるようなメタ的な構造で、不思議な感覚に陥る。
旅の最中なので当然そればかりを考えているわけでなく、その他にも様々なことが起こり、様々なことを考えている。著者の以前の作品について言及しているらしきシーンもあって、あれはそういう意図があったのかと分かって興味深い。もちろんフィクションなので言及される小説のタイトルなどは変えられており、素直にそのまま受け取ってしまってはいけないのだろうが。
その他にも詳しくは触れられない女友達との関係や、老婆との何気ないやり取りなどがありながら結末に向かって進行していく。何となく心があちこちに散りつつあったところで、意表をつくラストが待っていた。だがそんな状態で思わぬ境地に至ってしまった主人公の気持ちも分かるような気がした。
その他では、最後に収められた「慈善」も印象的だった。世界情勢なんて関係ないと思っていても、思わぬところで平凡な家庭にもそれが侵入してくる。そんなことで家族との間に亀裂が入ってしまうなんてなんともやるせないが、世界とは無関係ではいられない。それでも関係ないとうそぶいて、気付かぬままに振り回されるくらいなら、せめて意識的でありたいものだ。そして、出来ることはやっておきたい。
前衛的な他の短編もなかなか刺激的だ。どう読めばいいのかと読み方を考えたり、構造の意味を考えたりと、普段あまり用いないような感覚を使った読書が出来た。
著者
平野啓一郎
登場する作品
「日記Le Journal d’Eugène Delacroix(Journal de Eugène Delacroix; Volume 1)」
「書簡全集 Correspondance générale d'Eugène Delacroix」
「書簡集 Correspondance: Volume I」
「テリエ館」 「脂肪の塊・テリエ館 (新潮文庫)」所収
「覗く人(覗くひと (講談社文芸文庫))」
*「ヴェニスに死す」
「ウェルテル(若きウェルテルの悩み (光文社古典新訳文庫 K-Aケ 3-3))」
「イリュミナスィオン(イリュミナシオン: 新訳)」
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