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「ゴリオ爺さん」 1835

ゴリオ爺さん (光文社古典新訳文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

 娘二人を地位ある男に嫁がせ、自らは貧しい下宿屋に住まう老人。

 

感想

 まず老人の娘に対する溺愛っぷりが常軌を逸している。自らが貧しくても、娘たちには良い生活をしてもらいたいというのは親心として誰にでもあるのかもしれないが、娘たちの生活が度を越して豪奢で、父親の暮らしは極貧となるとちょっともう意味がよくわからない。しかも豊かなはずの娘が、貧しい暮らしの父親に何度もお金を無心する。

 

 父親があまりにも娘たちに至れり尽くせりで甘やかしてしまったので、娘たちがそれを当然と思ってしまったというのもある。娘たちが自分のことを金づるとしか思わなくなった事を認めないための、父親の意地のようなものもあったのかもしれない。常に父親は娘たちの望みを叶えようと努力する。

 

 

 娘たちも決して愛情がなかったわけではないが、彼女たちの置かれた状況、上流社会のルールが彼女たちを変容させてしまっている。夫に自由に使える金銭を制限され、それでも皆に馬鹿にされないように着飾っていないといけない。

 

 上流社会の話で最初は良くわからなかったのが色恋沙汰の話だ。あの子爵夫人はこの男性と付き合っているとか、なんで夫人なのに恋人がいるのと不思議に思ったのだが、どうやら結婚と恋愛は別というシステムのようだ。

 

 彼女たちはそんなシステムの中で恋愛もしたいし、それをすることで皆の注目を集めることができる。男性を囲うのにもお金が必要となってくる。上流社会は人々が華やかさを競うだけの虚しいゲームに興じている。そして華やかさを維持するために、他人を利用し、あらゆる手を使って搾取し、金を奪う。

 

 そして誰かの不幸に興味津々で、その人がどんな立ち居振る舞いをするのかを見物しにいくような下衆い心は、今の我々と変わらない。現在と違うのは、他人の私生活を覗き見て面白がるのはみっともないことだと彼らは認識していることだ。彼らは下心を隠して素知らぬ顔をして、お目当ての人物を観察するだけだ。現在だと他人の生活を覗き見ているゲスさに無自覚で、堂々と介入して公然と意見まで垂れている。

 

おそらくそれは人間の本性なのだが、ひとは相手が身分の低さから、弱さから、あるいは無頓着からどんなことでも我慢するとわかると、徹底的に苦しめてやろうとする。誰だってみな、誰かをあるいはなにかを犠牲にして、おのれの力を証明したがるものではないだろうか。一番の弱者でさえそうだ。

p35

 

 病んでいるのは上流社会だけではない。下宿屋で暮らす貧しき人々たちも、相手が無抵抗だとわかるとひどい仕打ちをするし、死にゆく人がいてもまるで無関心になってしまっている。こちらは貧しさが故の鈍さということなのかもしれない。

 

 上も下も腐っているのなら、どうせなら一番上までのし上がってやると決意した、若く貧しい貴族の青年の気持ちも理解できなくはない。

 

著者

バルザック

 

ゴリオ爺さん - Wikipedia

 

 

登場する作品

テレマックの冒険〈上〉 (1969年) (古典文庫〈26〉)

人間ぎらい (新潮文庫)

ミドロジアンの心臓―ディーンズ姉妹の生涯 (上) (岩波文庫)

ロッシーニ:歌劇《セビリャの理髪師》 [DVD]

「迂闊な男」 ラ・ブリュイエール

「救われたヴェニス」 トーマス・オトウェイ

Le Calife de Bagdad: 《バグダッドの太守》序曲

「未開の山」 ピクセレクール

「隠者」 アルランクール子爵

ポールとヴィルジニー (光文社古典新訳文庫)

モーゼ幻想曲(ロッシーニの主題による狂詩曲)

イリアス〈上〉 (岩波文庫)

リベラ・メ (「レクイエム」から)

デ・プロフンディス 深き淵より

 

 

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