★★★★☆
内容
表題作をはじめ、全9篇の実験的小説からなる短編集。
感想
実験的な小説が収められた短編集だ。前衛的なものからオーソドックスなものまでバラエティに富んでおり、それぞれ異なる読後感がある。
そんな中で強く印象に残るのは「最後の変身」だ。突然引きこもりになった会社員の男が、カフカの「変身」を読み解きながら、自身の心境を綴る手記形式の小説となっている。主人公がカフカの本を読み直す度に考察が深まっていく様子が描かれており、単純に「変身」の読解として興味深い。そして同じ本を何度も読み返してみることの大事さも伝わってくる。
主人公はそれと同時にこれまでの半生を振り返り、何者かであるはずの自分がいつまで経っても何者にもなれない苦悩を語る。彼が吐露する言葉の数々は、共感したくないのに共感してしまうものばかりで、そのいちいちに頷いてしまう。きっと多くの人がシンパシーを感じるはずだ。
こんな風に名作の読解に独自の物語が結びついた小説の形式は面白い。他の名作でもどんどん作ったらいいのにと思ってしまうが、早々にワンパターンに陥ってしまうような気がしないでもない。
その他、現代を描きながらも語り口やオチのつけ方が明治時代の近代小説風の「珍事」も、味わい深くて好きだった。
著者
平野啓一郎
登場する作品
「カエルの王子様(かえるの王さま: グリム童話 (大型絵本))」
「橋」 「カフカ短篇集 (岩波文庫)」所収
「流刑地にて」 「カフカ短篇集 (岩波文庫)」所収
「中年のひとり者ブルームフェルト」 「カフカ短篇集 (岩波文庫)」所収
「田舎医者」 「カフカ短篇集 (岩波文庫)」所収
「掟の門」 「カフカ短篇集 (岩波文庫)」所収
「バベルの図書館」 「伝奇集 (岩波文庫)」所収
失われた時を求めて 1~第一篇「スワン家のほうへI」~ (光文社古典新訳文庫)
この作品が登場する作品
les petites passions