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個人的な映画・本・音楽についての鑑賞記録・感想文です。

「あひる」 2016

あひる

★★★★☆

 

あらすじ

 両親がアヒルを飼い始めたことで起きた日常の変化を描く表題作の他2編を収録した短編集。

 

感想

 シンプルで分かりやす文章で綴られる短編集だ。

 

 表題作は、アヒルを飼い始めた両親が、近所の子供たちと交流を持つようになる様子を娘の視線で描いたもので、簡易な文体と相まってほっこりする話かと思っていたが、見事に裏切られた。いや実際ほっこりする話風なのだが、あちこちにゾワゾワとしてしまうようなシーンが潜んでいる。何気なく読んでいたら突然背筋に冷やりとしたものを感じるような、油断ならない物語だ。

 

 

 だがきっと世の中とはこんなものだ。基本的には皆が善意で生きているが、時おり誰かの悪意が見え隠れする。そんな日常に何かの拍子でちょっとした狂いが生じた時、殺人のような悲惨な事件が起きたり、心温まるような美談が生まれたりするのだろう。この物語にはそんな瞬間がいくつもあり、何か事件が起きても不思議ではない空気に満ちている。何気ない日常は、そんな際どさの上に成り立っているのだと気づかせてくれる。

 

 それからこの物語は、両親と子供たちの関係ばかりに意識が集中してしまうが、それを語る娘が何者なのかがよく分からないというのが実は一番不気味だったりする。彼女自身と他者の関係性についてはあまり語られていない。

 

 他の2編にも、得体の知れない雰囲気を醸し出す大人が登場している。子ども時代、こんな風に大人が見えることがあったなと古い記憶を思い出した。そもそも人間とは怖いものなのだ、という意識の根源にある感覚を呼び覚ます短編集だった。

 

著者

今村夏子

 

 

 

登場する作品

りんどう峠

 

 

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