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個人的な映画・本・音楽についての鑑賞記録・感想文です。

「ドーン」 2009

ドーン (講談社文庫)

★★★★☆

 

あらすじ

 人類初の火星探査の偉業を成し遂げたチームの一員だった日本人宇宙飛行士の男は、宇宙滞在中に起きた事件が原因で浮かない日々を過ごしていた。

 

感想

 火星から戻って来た宇宙飛行士が主人公だ。偉業を成し遂げ、世界中で持て囃されているのに、本人の気分は沈んでいる。苦楽を共にした火星探査船「ドーン」の乗組員たちとの関係はよそよそしく、妻との間にも冷ややかな空気が流れている。

 

 これは火星探査内で起きたある事件が原因であることが次第に分かってくる。ロマンを感じる宇宙旅行だが、現実的に考えると実際には色々大変そうだ。少人数なので顔を合わせるのはいつも同じメンバー、孤立しているので新たなニュースは何もなく、気づまりだからと外の空気を吸いに行くこともできない。密閉された閉鎖的な空間で、心を病んでもおかしくないし、メンバー間でいざこざが起きても仕方がないところがある。

 

 

 そんな状況が事件を引き起こし、地球帰還後はそれが政治の問題に巻き込まれていく。その解決のために主人公が奔走する勇ましい姿ではなく、打ちひしがれた主人公が自分を取り戻そうと苦悩する姿が描かれていく。

 

 ただ主人公の周囲の動きはスリリングだ。大統領選で暗躍する影の勢力や、それに対抗する世界的な組織などが、独特のSF的世界観の中で策謀を巡らしている。

 

 その中では、非道を行う国家にまったく同じことをやり返すテロ組織の存在が興味深かった。同じことをやっているだけに、テロ行為を非難してもすべて自分たちに返ってきてしまう。これくらいやらないと世間は分かってくれないだろうという思いと、それでも分かってもらえないのではないかという不安が交錯する。

 

 主人公自身の話については、「分人主義」の考えが大きく取り上げられている。これを前面に押し出しすぎて少し食傷気味の感もあるが、自分を多面的にとらえることで、気持ちが救われることは確かにある。

 

 ある人物が名乗っていた名前が、別の人物が使っていた偽名だったと分かるシーンがあるが、これは他者から分人を受け取ったと捉えることも出来て面白い。そう考えると落語家や歌舞伎などの襲名制度も、演者としての分人を伝承しているのかもしれないなと思ったりした。

 

 壮大なSF物語が背後で繰り広げられながらも、あくまでも主人公の個人的な物語が紡がれていく。周りでどんなことが起きていたって、まず何よりも大切なのは自分なのだと痛感する。そこがしっかりとしていないと、世界と良い関係を築くことができない。

 

著者

平野啓一郎

 

ドーン (小説) - Wikipedia

 

 

登場する作品

タウ・ゼロ (創元SF文庫) (創元SF文庫 ア 2-5)

カプリコン・1(ワン) [DVD]

トータル・リコール

源氏物語 (全9冊美装ケースセット) (岩波文庫)

 

 

この作品が登場する作品

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