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「家族シネマ」 1997

家族シネマ (講談社文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

 売れない女優の妹のために、ばらばらの家族が一緒になってドキュメンタリー的映画に出演することになる。芥川賞受賞作。他2編。

 

感想

 家族と撮影スタッフが突然やって来て、いきなり映画撮影に参加させられることになってしまった主人公。もともと崩壊している家族の頼みという事もあって、そんなの嫌だ、やるわけないと断っていたのに、なんだかんだで結局撮影に協力してしまっているのが面白い。

 

 別居して暮らす両親が、それぞれ思い描く理想の父親像、母親像を演じているのを冷めた視線で見ている主人公だが、彼女もまた一家の長女の役割を演じてしまっている。彼女自身はこんなのは偽りの姿だと思っているかもしれないが、家族の中でそう振る舞ってしまうのがもはや家族といる時の真の彼女の姿だと言える。彼女が思い描く「本当の自分」らしく振る舞ってしまったら、それはもはや彼女ではなく、また家族もきっと違和感を感じるはずだ。

 

 

 人は誰でも自己イメージと現実とのギャップに思い悩むものだが、自分らしく振る舞えない自分もまた本当の自分であると、もうあきらめるしかないように思える。上司といるとつい卑屈になってしまうと自分も、家族といるとつい横柄な態度を取ってしまう自分も、全部自分の一面であることは間違いない。平野啓一郎の唱える「分人主義」を取り入れて、出来るだけ好きな自分でいられるよう工夫し努力していくしかない。

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 その中でもし家族といる時の自分が嫌いだったら、家族と距離を取るのも選択肢の一つだ。家族とは良好な関係を築かなければいけないと思い込んで、無理に付き合おうとしてしまうと不幸を招きかねない。

 

 主人公は、頻繁に会うようになった芸術家が想定外の行動をしている現場に遭遇して戸惑っていたが、誰だっていくつもの顔を持っている。その顔をいかにうまく使い分けるかが、上手く生きていくコツなのだろう。いつも同じ自分でいようとすると苦しいだけだし、他人にそれを望むのも危険だ。

 

 表題作以外では、最期の「潮合い」が印象に残った。学校における生徒や教師の打算や悪意を描いていて後味の悪い読後感なのだが、こういう本人さえ気づいていないかもしれないような、人間の嫌な部分を丁寧に余すことなく掬い取れるのはすごいなと素直に感心した。

 

著者

柳美里

 

 

 

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