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「顔のない裸体たち」 2006

顔のない裸体たち (新潮文庫)

★★★★☆

 

あらすじ

 普通の人生を送って来た女性教師は、出会い系サイトで知り合った男によって、今まで知らなかった世界へと導かれていく。

 

感想

 自分の性的な写真や動画をインターネット上にアップしていた女の物語だ。これだけ聞くと特殊でとんでもない女性に思えるが、もとは取り立てて特別なことのない普通の女性だったことが分かる。そんな主人公がどうしてそのような行為をするようになっていったのか、その経緯が調書のようなスタイルで描かれていく。

 

 そんな中で分かってくるのは、いくつもの偶然が彼女をそこへ導いたということだ。出会い系サイトに登録したのは仕事上の都合で、それがなければ魔が差して誰か男と会ってみようとはならなかっただろうし、その誰かがそんな性癖を持つ男でなかったら、そんな世界に足を踏み入れることはなかったはずだ。

 

 

 そしてそこに至るまでの彼女を常に後押ししたのが、顔がないこと、つまり匿名性だったことは興味深い。本当の名前ではない、別のニックネームを使うことで大胆になれた。さらには、これは本当の自分ではないと強く思い込むために、普段の自分なら絶対にやらないことを敢えて積極的にやろうとまでしていた。自分ではない、完全に別の女として割り切って男と会っていたわけだ。

 

 顔が見えず匿名であれば大胆になれるというのは誰でもそうだろう。SNSでの匿名アカウントの言動を見ればよく分かる。世界中で仮面の文化があるのもそういうことなのだろう。スーパーヒーローもマスクで顔を隠している。

 

 自分ではない誰かのつもりで振る舞っていたのに、それが本当の自分と一体化しようとすると、落ち着かない気分になってしまうのは分かるような気がする。自分の正体がバレそうになったスーパーヒーローみたいなものだろう。割り切ってやっていたことが自分の中で折り合いがつかなくなり、戸惑いを覚える。そうやって主人公は破滅に向かっていった。

 

 一人の平凡な女性がどのように変わっていったのか、その過程が丹念に描写されていて面白かった。本人は無意識だが、言語化するとこういうことだろうという形式なのも、リアルさがあった。そういう人はあまり自分の事を深く考えていなさそうだ。

 

 しかし、解説にもあったが、こういう趣味の人たちが、特殊とは言えないほどに世の中にたくさんいるというのは想像が出来ない。しかもどこか特別な場所にいるのではなく、普段は何食わぬ顔をして我々の日常生活に溶け込んでいる。身近な人やここ数日に出会った人たちの誰かがそうであっても全然おかしくないわけで、そう考えるといつもの世界が違って見えてくる。

 

著者

平野啓一郎

 

顔のない裸体たち - Wikipedia

 

 

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