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「虚人たち」 1981

虚人たち (中公文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

 妻と娘がまったく別の案件で拉致されてしまった男。

 

感想

 自分は小説の中の主人公だという事を自覚している人物が主人公。最初はその設定が分からないので、妙に回りくどい記述が多いなと不審に思っていたのだが、その仕組みが分かるとそうしていた理由がよく理解できる。この小説のために書き出しと共に突然出現した主人公は、読者と同様に自分が誰なのか、どこにいるのかが分からない。だが小説の主人公がいきなり自分は誰?とかここはどこ?とか言ってしまうわけにはいかないので、それとなく周りの様子を窺い、慎重に何とか状況を把握しようと努めているわけだ。それとなく自分の顔を鏡で見つめ、そうか自分はこんな顔をしているのかと理解するシーンは印象的だった。

 

 そういう設定の物語なので、あらすじもそんなに重要ではない。本当であれば主人公がすぐに妻と娘を救出できるのがベストなのだが、それだと小説としては面白くない。ちゃんと見せ場や盛り上がりが必要な事を主人公は知っていて、そのためにはどうするべきなのか考えている。わけも分からずいきなり舞台の上に立たされてしまった役者のような気分だろうか。それともRPGを無駄な動きをすることなく、シナリオ通りクリアしなければいけないような感覚かもしれない。

 

 

 そして主人公が出会う他の登場人物たちも、彼らは彼らで別の物語の主人公であるという設定なのが面白い。その中には自身の物語の進行に忙しい登場人物もいたりする。彼らは主人公の物語の主要人物だとみなされてしまうと、自身の物語と整合性がつかなくなって困るので、距離を取ったり言葉少なにするようにしてなるべく深く関わらないようにと気をつけている。互いにそれを分かった上で接触する緊張感。その他、小説でよく見られるような様々な手法を、自身が小説の中の人物だと自覚している主人公を通して用いてみせるまさに実験的な小説。ついフフフと笑ってしまうような場面もあるのだが、基本的にはやや難解で、読むのに結構な体力が必要な内容となっている。

 

 漫画などで登場人物が一コマだけメタ発言するような表現はわりとよく見るが、それだけで一つの小説にしてしまうのはすごいなと素直に感心してしまう。しかも、どこか不条理で奇妙な空気感が漂い、不思議な余韻が残るしっかりとした小説になっている。

 

著者

筒井康隆

 

虚人たち - Wikipedia

 

 

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