★★★★☆
あらすじ
母親を同じくしながら互いのことを知らずに育った兄弟の、それぞれの人生。
感想
主人公は分子生物学者の弟。それと対比するように国語教師の兄の人生も描かれていく。 物語は彼らの祖父の人生を描くところから始まって、フランスらしい回りくどさだなと最初は思っていたが、どうやらこれは20世紀の人類の歴史を紐解くためだという事に途中で気づいた。
考えてみれば20世紀は激動の時代で、人々の暮らしがこんなにも激変した100年は無かった。そして人々の考え方も大きく変化していく。特に主人公たちの生きた時代、20世紀後半は人々の意識の変化のスピードが著しく、彼らはそれにただ従って生きていくだけでも大変だった世代かもしれない。
20世紀は、それまで人々が宗教や道徳の力で築いてきた動物ではない人間らしさというものに、いやいや、とはいってもやっぱり人間も動物だし、野蛮で欲望もあるし、すべてを我慢するのは辛いよ、と揺さぶりをかけた時代と言える。子孫を残すためだけに結婚して子供をつくり、そして働くのではなく、もっと自分の欲望のままに人生を楽しんでもいいはずだ、と。
人々が欲望を再び開放し始めて多くの人がそれを支持し、そのように生きようとした。しかし、だからといって皆が欲望を満たすことが出来たわけではなく、そこには格差が生じる。あらゆる欲望を満たし充実した人生を送る人がいる一方で、それを尻目にほとんど欲望を満たすことが出来ない、みじめな思いをする人もいる。
当然、欲望を満たせない人の方が数が多いわけで、そのような人や、そのような価値観になじめない人にとっては、かつての結婚して子孫を残すという人生モデルが一般的だった時代よりも苦悩は大きくなる。かつてのやり方のすべてが良かったというわけではないが、良かった面もあったとはいえるだろう。いわゆる保守の人間が重視する側面だ。
人生がこれほど限られたもので、可能性なんかたちまち消えてしまうだなんて、十七歳のころには想像もつかなかった。
単行本 p302
そして、欲望を満たし充実した人生を送っていた人でさえ、いつかは老いを迎える。つまりほぼ全員がいつかは人生に行き詰ってしまう。ではどうするか。もはやスマホのない生活に戻ることは不可能なように、かつての生活に戻ることは出来ないだろう。ただ前に進むしかない。そして本書が導き出した結論、突然明らかになったSF的展開に驚いてしまった。
基本的に面白い物語なのだが、時々差し挟まれる生物化学や哲学の話が少し難解でしんどかった。でもそれがこの結末のための伏線だったとは。上手く構成された小説だ。結末で導かれた世界は、果たしてそれはそれで素晴らしい世界なのだろうかと、色々と考えてしまう。
著者
ミシェル・ウエルベック
登場する作品
「犬のピフ」 アルナル
「五人のクラブ」 ブリトン
吸血鬼ノスフェラトゥ 《IVC BEST SELECTION》 [DVD]
「実証主義哲学講義」 オーギュスト・コント
バルスーズ [DVD](ヴァルスーズ)
クオ・ワディス〈上〉 (岩波文庫)(クオ・ヴァディス)
「Les Six compagnons et l'homme au gant(六人の仲間と手袋の男)」
「小さな人魚」
「水夫の歌」 フレール・ジャック
「保守主義者への訴え」 オーギュスト・コント
「What Dare I Think(私が敢えて考えること)」
「最良の世界への回帰」 オルダス・ハックスレー
「Le mystère des saints Innocents (French Edition)(聖なる嬰児の神秘劇)」
「奇妙な孤独」 フィリップ・ソレルス
「失われた時を求めて(5) 第3篇 ゲルマントの方 1(ゲルマンとの方へ)」
「ポエジーⅡ」 ロートレアモン
「Le vrai visage des seniors(シニアの真の顔)」 コリンヌ・メジー
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