★★★★☆
あらすじ
地方の同人誌に小説を書いたところ、直木賞的な文学賞の候補となり、受賞を確実にするために奔走することになった青年。
感想
当時の文壇、文学界を面白おかしく描いた物語だ。様々なエピソードが盛り込まれているが、中でも鮮烈に登場した新人作家が手を変え品を変え、話題となった作品と同じ設定の物語を描き続ける話が面白かった。
また、登場する直木賞的な文学賞の選考委員たちは、実際の作家をモデルとしていたようで、巻末の後書きには、モデルとなった大作家が連載中の出版社に圧力をかけてきたなんて話も書かれていて、本当にこの小説の世界の中のようなことが起きているのだなと感心したりした。ただ、読んでいる時は登場する選考委員たちが誰をモデルにしているのかはさっぱり分からなかった。この小説が書かれた当時に読まないとピンと来ないのかもしれない。
後で調べてそのモデルの作家たちを確認することは出来たのだが、個人的にはなんとなく名前を知っている程度でしかない人もいたりした。時が経てば直木賞の選考委員を担当するような作家でもこんな感じになってしまう。だとすると歴史に名を残すほどの作家になるのは並大抵のことではないのだなと痛感させられた。今現在は名前の通った作家たちでも、50年も経てばそのほとんどが誰それ?とか言われてしまうのだろうか。
主人公が同人誌に小説を書こうとするところか始まるストーリーで、舞台は地方文壇の同人誌界隈が中心となっている。外から見れば文学のために切磋琢磨する同志たちだが、その内実はドロドロとしている同人誌内の人間模様が描かれていく。自信と不安が渦巻き、互いにマウントを取り合う彼らの様子が見事に描写されていて面白かった。他のメンバーが世に出そうになると表面上は喜び、平気な顔を装いつつも内心では嫉妬と羨望でおかしくなりそうになっている姿などはとてもリアルだった。これは同人誌に限らず、どんな集団にもみられるものだろう。
それから主人公が最初の小説を書くシーンが、筆が乗っているとはこんな感じかと思えるものだった。きっとこんな調子の時に良い作品が出来上がるのだろう。あれを書くならこれも書いておかないとな、でもあまりやり過ぎるのはマズいな、などと脳内でブツブツ言いながらどんどんと筆を進める様子は、完全に「ゾーン」に入っていた。後に処女作なのに直木賞的な文学賞の候補になったという展開にも、説得力が感じられた。
文壇や文学に関わる人たちを痛烈におちょくりながらも、自分をさらけ出すことに葛藤する様子や商業主義と言われるものに対する考え方なども示されており、著者の文学に対する姿勢が垣間見えるのも興味深い。
その後、五輪汚職を思わせるようななりふり構わぬ賞獲得運動、そして連続殺人事件へと発展するむちゃくちゃな展開なのだが、なぜかカタルシスもあって楽しめた。タイトルの「大いなる助走」にも深い意味があることが分かり、読後はじんわりした余韻に浸れた。文学に限らず、我々が日々頑張っていることには何の意味があるのだろうなと考えてしまう。
著者
筒井康隆
登場する作品
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