★★★☆☆
あらすじ
病後の祖父と狭い家で暮らし始めた孫の若い女。表題作の他「わたしの小春日和」「楽器」の3つの物語を収録。
感想
表題作は、老人と若い女の二人暮らしの様子が淡々と描かれていくのかと思っていたら、次第に家族四代の歴史が語られる壮大な物語へと変容していった。しかもところどころに奇妙な出来事も起きる。特に冒頭でいきなり空中浮遊する人物が現れたのには意表を突かれた。ラストの家族四代が集う大団円もフェリーニの映画「8 1/2」を連想させ、不思議な魅力のある物語だった。
そしてこの本に収められている三篇とも、文章の視点がどんどんと別の人物に切り替わっていくところが面白い。ある人物の視点で語られていたのに、いつの間にかそこで出てきた人物の視点に切り替わっており、今度は別の話が語られている。二つ目の「わたしの小春日和」も、最初は主人公が妻と別居する話から始まったのに、どんどんと話が移っていった挙句、最終的にはその話になるのかと驚かされた。
三つ目の「楽器」はそれまでの物語と似たようなテイストを持ちつつ、さらに登場人物たちの記憶の曖昧さも強調されている。そうだったようなそうでなかったような、でもどっちでもいいような、というぼんやりとした記述が繰り返される。次第に物語に幻想的な雰囲気が醸成され、不可思議なラストへ導かれていく。
記憶とは真実ではなく、音楽が演奏された後の余韻のようなものを保存するものなのかもしれない。音楽が演奏されたことは覚えているし、なんとなくその時の感覚も覚えているが、詳細は完全に忘れた、みたいなことはわりとよくある。
この三作目は細かい記述が延々と続くので、少々窮屈で読むのがしんどかった。この作品が著者のデビュー作だそうなので、ガチガチに気合が入りまくっていたということなのかもしれない。ただ本全体としては、嫌いじゃない雰囲気だった。
著者
滝口悠生
登場する作品