★★★☆☆
あらすじ
取材のために私娼窟を訪れた老作家が、若い女と知り合う。
感想
舞台は1936年ごろの東京。盧溝橋事件が起きて日中戦争がはじまる前夜といった時期だが、戦前というよりも関東大震災後という事が意識されながら街の様子が描写されている。戦前なんていうのは、後からあれは戦前だったなと思う事なので当たり前なのだが。なんとなく今やっている大河ドラマ「いだてん」の内容を想起してしまう。
金には困らず女遊びもたくさんしてきたような老作家が、若い女と出会い揺れる心が描かれている。ただし遊び慣れた男なだけに、浮足立つというよりも困惑している風に見える。相手は器量の良い女だから、自分のような年寄りではなくもっと若い男が相応しいと冷静に考えながらも、それでも気になってしまうなとまた女の所へ足が向いてしまう。
女が気になるのも確かだが、もう一つ主人公から窺えるのは孤独感。
わたくしは散歩したいにも其処がない。尋ねたいと思う人は皆先に死んでしまった。
永井 荷風. 濹東綺譚 (Kindle の位置No.1112). . Kindle 版.
年齢を重ねるうちに同年代の仲間たちは死んでしまい、自分たちの時代は遠く過去の出来事になってしまった。だからといって寂しいとか、時代に取り残されたと嘆いているわけではないのは、どこか達観した主人公らしくはある。会いに行く相手もいなくなったし、自分が心地よく感じる世の中でもなくなってしまったなと、ここでも淡々と困惑しているだけである。
年を取るということは馴染みのあるものが減っていく事であり、最終的にはなんにも親近感を感じるもののない異世界にいるのと同じ事になってしまうのかもしれない。長生きはしたいが、長生きしすぎても問題がありそうだ。ちなみに主人公は50代後半の設定。今の感覚で言うとまだまだ全然若いのだが。
著者
永井荷風
登場する作品
Chita; A Memory of Last Island
Youma: The Story of a West-Indian Slave
「依田学海」 依田学海
「昼すぎ」 永井荷風
「見果てぬ夢」 永井荷風
関連する作品
映画化作品