★★★★☆
あらすじ
戦後に戦時中にいた中国に戻り、消息不明となった父親が生きているとの噂を耳にした男は、天安門事件直後の中国に渡り、事情を知る映画監督のもとを訪ねる。
感想
死んだと思っていた父親が生きているかもしれないことを知り、中国に調べに行った男が主人公だ。主人公は父親の行方を探し回っていたわけでもなく、物心がつく前に中国にひとり渡った父親にさして思い入れがあったわけでもないので、モチベーションは低い。ただ、確執があったわけでもないので、肉親が生きていると聞いて放っておくわけにもいかなかったのだろう。
中国に渡った主人公は、消息を教えてくれた父親の旧友の映画監督に会いに行く。そして、役者であり実はスパイでもあった父親の当時の物語と、天安門事件直後で中国政府がピリつく中、撮影所で女優と恋に落ちた現在の主人公の物語が、シンクロするように展開していく。公安にマークされ、尾行されて脅されたりする場面は怖い。国家に圧力をかけられると、誰にも助けを求められず、無力だ。
戦中戦後の中国の政治史や民主化運動、さらには経済政策や官僚機構など、多様な要素を含みながら展開する。中国の情勢や政治家たちを詳しくは知らないので分かりづらいところもあったが、生きている以上はそれらと無関係ではいられないことが伝わってくる。人々はそれらに抗ったり、流されたりしながら歩んでいく。1989年の設定だが、終戦から45年が経過してもその爪痕は全然残っていて、本当の意味で戦争が終わるにはとてつもない時間がかかることを物語っている。
主人公の父親が役者でありスパイでもあったように、過去と現在、日本と中国など、さまざまなものが対になるように描かれている。主人公と中国人女優が簡単にくっついたのが意外だったが、彼も父親と対になるような生き方をしているということなのだろう。女優が映画内で父親の恋人役を演じていることもそれを示唆している。
途中で時間が6年ほど飛ぶが、そこで日本の阪神大震災が描かれる。中国の事情や二人の久々の再会に気を取られていたので、発生したときには普通に驚いてしまった。生々しい震災の様子にも心を動かされる。ニュースで見るくらいだったが、現場では助けを求めながら焼け死んだ人もたくさんいたんだよなと、今更ながらつらい気持ちになった。「死者の数は数えられない」という女優の言葉が耳に残る。
終盤、父親の居場所がわかった主人公は会いに行く。気にも留めないような何気ない光景が、急に違って見えてくるラストは感慨深い。街ですれ違う人たちにもこんなドラマがあるのかもしれないなと、世界を見る目が変わってくる。単なる恋愛物語ではなく、様々な要素を含んだ読み応えたっぷりの物語だ。
題名にもあるジャスミンティーの香りが、中国民主化の活動の火が消えていないことを匂わせていたが、その香りは今もどこかで漂っているのだろうか。
著者
辻原登
登場する作品
・黄色い大地 DVD チェン・カイコー監督/チャン・イーモウ撮影
「タルムード」


