★★★☆☆
あらすじ
20歳の頃、文化大革命を体感するために中国に不法入国した男が、30年ぶりに日本に帰ってくる。
感想
中国から30年ぶりに日本に帰って来た男が主人公だ。何か目的があり、それを果たすために物語が展開していくのかと思っていが、そういうわけではなかった。なんとなく戻ってきた主人公が、流れに身を任せるように東京の街をぶらつく様子が描かれる。
30年ぶりで、しかも中国の田舎で日本の動向を知ることなく暮らしきた主人公にとって、日本や東京は信じられないくらい大きく変貌したはずだ。だが彼のリアクションはかなり薄い。最新機器や人々の変わりようにビックリすることもなく、そうなのかと淡々と受け止めるだけだ。
だが、何か一つが変わっただけではなく、すべてが変わってしまったのなら、案外とそんな態度になってしまうものなのかもしれない。どこから驚いたらいいか分からず、それを見極めようとしているうちに、段々と落ち着いてきてしまう感じだろうか。そんな中で、彼がいない間に建てられた新たな建物が、すでに古びた状態で目の前に現れることに奇異を感じている主人公が印象的だった。
淡々と現在の日本を眺める主人公だが、時々そのまなざしが鋭くなる時がある。国家や権力、体制に対する視線だ。唐突に激しい感情を見せるので戸惑うが、彼の心は日本を出た時の、全共闘時代のままだということなのだろう。主人公がいた当時とは随分と変わり、人々はすっかりとそれに飼いならされしまっている。日本も中国も、彼が思い描いていたような未来にはならなかった。きっと胸中は複雑だろう。
30年暮らした中国と30年不在だった日本、それぞれは別に切り離された世界だと、どこかでふんわり思っていた主人公が、そうではないと気づき、そのギャップを埋めようと模索する姿が描かれる。周囲に現れた様々なルーツを持つ人々が見せる生き方、考え方は、彼にそのヒントを与えている。二つの世界を連結するキーは、考えて見れば当たり前のことだった。それを取り戻すために彼は再び日本を離れる。
主人公の感情がうまく読み取れない場面が多かったが、彼と同じ世代の人たちには感慨深く、共感できる物語なのだろう。それから東京の街並みの詳細な描写も若干しんどかった。だがこれも、新旧の東京の街並みに馴染みにある人ならグッとくるポイントになっていそうだ。世代によって受け止め方が変わりそうな小説だ。
著者
矢作俊彦
登場する作品
マラー/サド─マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺 [DVD]
「Starship Troopers(スターシップ・トゥルーパーズ [Blu-ray])」
博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか
「ヤアヤアヤア・ビートルズ(ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ![決定版] [DVD])」
*ピンクパンサー
「イースト・ミーツ・ウエスト(EAST MEETS WEST [DVD])」
*「眼球譚」