★★★★☆
あらすじ
ショパンとドラクロワの友情を中心に、ショパンが亡くなるまでの数年を描く。
感想
文庫本で4冊、登場人物は500人以上という読み応え抜群の大作だ。特に登場人物は、ショパンやドラクロワと同時代を生きたパリの文化人や貴族から政治家に軍人、さらにはポーランドやイギリスと言ったヨーロッパの国々の著名人たちまでが登場し、その数に圧倒される。序盤にさらっと名前が出てきただけの人物が別の個所で主要な存在となったりするので、各人物を把握するだけでも大変だった。それで少しメモを取ったりしながら読んでいたのだが、そのおかげで読了までに一か月もかかってしまった。
ショパンとドラクロワの友情を軸としながら、二人がそれぞれ遭遇した出来事や考えた事、また革命や政変といった世の中の動きなど、あらゆることがいわば雑多に語られていく。時間軸に沿って詳細に描かれていくそれはまるで大河ドラマのようで、自分もその時代にタイムスリップしたような気分になってくる。
また彼らが芸術活動だけでなく、家族の問題に悩んだり、不安定な世の中で自分の地位を維持すための政治的働きかけを行ったりする様子はとても人間味があふれていて、リアリティを感じる。偉大な芸術家として知られる彼らもひとりの人間として普通に生きていたのだ。
しかし、そもそも人間は何処かに戻ってくることなど出来るのであろうか?確かに再び来ている。しかしそれは望んでいた戻って来るということとは本来何の関係もないのではあるまいか?
第2部 下巻 p319
長い物語の中で色々なトピックが登場し、色々と考えさせられるのだが、全体を通して強く感じたのは、限りある生命と永遠の芸術という対照的な二つのものの関係について描こうとしているのだなということだ。芸術家たちは限りある人生の中で永遠に残る芸術を生み出そうと苦闘している。だがそんな中でも、果たして本当に芸術は永遠なのか?という不安もどこかに感じている。
芸術に関する話では、ドラクロワがとめどなく湧き出てくるイマジネーションに苦しみ、才能なんか枯れてしまえばいいのに、と苦悩する箇所が強烈だった。こんなの天才にしかない悩みだろう。だが凡人は凡人でそんな才能が欲しいと思っているわけで、どうやっても芸術家は苦しむようになっているのかもしれない。そしてそれが創作活動の原動力にもなったりするので、何とも因果な商売だ。
ショパンの死ぬシーンはもちろんだが、それ以外のハイライトはなんと言っても、何ページにも渡って記述されるドラクロワの大作の詳細な描写と、ショパンのコンサートシーンだろう。ショパンのコンサートシーンでは一瞬音楽が聞こえてくるような感覚があって鳥肌が立った。ただあまりドラクロワやショパンの作品についての知識を持ち合わせていなかったので、少ししんどく感じる部分もないわけではなかった。
この長編をじっくりと読んだつもりだが、登場人物たちやこの時代に関してもっとしっかりとした知識があればより深く味わえたはずなので、何年か何十年か後、それらの知識が今より深まったはずの頃にまた再読したい。読み終わるまでの一か月間は、とても楽しい時間だった。
著者
平野啓一郎
登場する作品
「アンディアナ」 ジョルジュ・サンド
「レリア」 ジョルジュ・サンドbookcites.hatenadiary.com
「ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン」 「新装版・ゲーテ全集 4」所収
「Souvenirs de la Terreur de 1788 À 1793, Volumes 1-2...(恐怖時代の回想)」
「Histoire de la Révolution française - Tome I (French Edition)(フランス革命史)」
「オラス」 ジョルジュ・サンド
「従妹ベット(上)(いとこベット)」
「ルクレツィア・フロリアニ」 ジョルジュ・サンド
「セリオ」 ジョルジュ・サンド
「De l'humanité, de son principe et de son avenir (French Edition)(人間性について)」
「Histoire Des Girondins(ジロンド党史)」
「十九世紀フランス人画家の歴史」 シャルル・ブラン
「我が生涯の記(我が生涯の歴史)」
「Księginarodupolskiegoipielgrzymstwa polskiego(ポーランド国民及びポーランド巡礼の書)」 アダム・ミツキェヴィチ
「ある同時代の女 ジョルジュ・サンドの生活と陰謀」 ジョセフ・ブロー
「Arsace Et Isménie...(アルサスとイスメニー)」
「パリとその建造物とに関する描述」
「Charlotte Corday(シャルロット・コルデー)」
登場する人物
フレデリック・ショパン/ウージェーヌ・ドラクロア/ジョルジュ・サンド
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