★★★★☆
あらすじ
人間が工場で生産され、決められた階級にふさわしいように教育されていく未来の世界。
感想
生まれる前から自らの階級や仕事が決まっている人生。孤独や不満は悪とされ、フリーセックスや薬物が奨励される世界。いわゆるディストピア小説なのだが、そういった小説にある暗さというものがほとんど感じられず、奇妙な明るさがある。不満や怒りや孤独を感じることもなく、何も考えず常に満たされた気分でいることが出来るので、一見ユートピアにすら見えなくもない。
しかしよく考えてみると、現在のネット社会は情報を浴びせて考える暇を与えず、常に誰かとつながることで孤独を感じさせず、同じ趣味嗜好の人とのみつながり、他を排除して居心地の良い空間を作ることを可能にしており、この小説の世界に似てきているのかもしれない。ただ今まで知らなかった情報にも触れるので、新たな怒りや妬みが生まれて満ち足りた気分からは結局程遠いのではあるが。それを解消するのが、この小説ではフリーセックスや薬物の役割ということになる。
自動車の大量生産を行ったヘンリー・フォードが神様扱いで、キリストの生誕ではなくT型フォードの発売された年を元年とするフォード紀元が用いられていたり、「オー・マイ・ゴッド!」じゃなくて「オー・マイ・フォード!」だったりする。登場人物たちの名前もレーニンやトロツキーをもじっていて、このあたりの遊び心と言うかユーモアのセンスが面白い。大量生産や共産主義のような画一化、均一化していく世界に不気味なものを当時は感じていたということなのだろう。
「僕は僕でいい。情けない僕のままがいい。どんなに明るくなれても、他人になるのは嫌だ」
p130
生まれる前から決められた人生にふさわしい能力を身につけるよう条件づけが行われているので、与えられた人生に何の不満を感じる事もなく生きていける者が大半だが、やはりこんな事を考えてしまう人間はでてくる。彼らは人々を満ち足りた状態に置くことで社会を安定させようとする支配者にとっては厄介な存在である。そしてここに、隔離された居留地で昔のままの生活を送っていた一人の未開人の青年が加わって、物語は進行していく。
途中の未開人と新世界の権力者が対話するシーンは、この作品の面白い世界観の種明かしをされているようで少し興ざめの部分があった。「カラマーゾフの兄弟」の大審問官のシーンをモチーフにしているようだが、この15年後に出された新版の前書きで、著者自身も少し反省しているようで安心した。一緒に収録されているこの「著者による新版の前書き」で、書いた当時とそれから15年後の著者の考え方の変化などを読むことが出来るのも興味深かった。
85年ほど前に書かれたとは思えない、全然古臭さを感じさせない内容に驚かされる。刺激に満ちて、楽しめる作品だ。
著者
オルダス・ハクスリー
登場する作品
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