★★★☆☆
あらすじ
飛沫感染により他人の未来が見える能力を持つ男性教師は、教え子が列車事故に巻き込まれるのを回避させたところ、その父親に興味を持たれ、やがてテロ事件に巻き込まれていく。
伊坂幸太郎著。
感想
飛沫感染により相手の翌日の、最も印象的な場面を見ることができる教師が主人公だ。コロナ禍で敏感になったのでイメージしやすいが、なかなか気味悪い能力ではある。意図せず感染して、まったく知らない誰かの未来を見なければいけないのはダルそうだし、逆に意図的に見ようと間接キス的なことをするのも気色悪い。特に間接キスなんて、バレたら変質者扱いは免れない。
主人公は生徒の父親を通してテロ事件の被害者グループと知り合い、そこから事件に巻き込まれていく。加害者ではなく被害者たちの話なので、彼らのやり場のない憤りや悲しみが満ちていて、全体を通して重いムードが漂っている。悲しみをどう乗り越えればいいのか、考えさせられる展開だ。
それと同時に、女子生徒が書いた小説の中の話も並行して進行する。こちらは復讐の話で、依頼を受けた楽天的と悲観的の、対照的なコンビが軽妙な会話を交わしながら次々とターゲットを処刑していく。小説の中の話と現実の世界がリンクするように展開していくだけなのかと思っていたら、思わぬ形で合流したのには驚かされた。
ニーチェの「ツァラトゥストラ」が大々的に取り上げられ、その中の「永遠回帰」について、様々な場面で議論が交わされている。同じ人生がループがするということは、何度読んでも同じ内容の一冊の完成した本みたいなものだ。それに引掛けて、登場人物が読者に話しかけてくるシーンにはドキリとさせられ、面白かった。小説の中の話が現実世界と合流するのもこの考えに倣っているのだろう。
同じ人生が繰り返されてしまうのなら、これまではもうどうする事も出来ないが、せめてこれからの人生は悔いのないものに、何度でも繰り返したくなるものにしよう。そんな気持ちにさせてくれる物語だ。ニーチェの本は未読なので、それも読んでみたくなった。
しっかりと伏線を回収し、救いのある結末となっているが、テーマの重さがストーリーの妙味や会話の楽しさを押しつぶしてしまっている印象だ。それを跳ね返すほどの力はなかった。主人公が真面目過ぎるというか、切実で余裕がない感じだったのも影響しているかもしれない。
著者
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