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個人的な映画・本・音楽についての鑑賞記録・感想文です。

「ハーモニー」 2008

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

★★★★☆

 

あらすじ

 核戦争後に生まれた互いを慈しみ合う社会。幼少時からそんな社会に息苦しさを感じていたWHO螺旋監察官の女は、世界各地で同時多発的に起きた自殺事件の真相を探り始める。

 

感想

 まずetml(Emotion-in-Text Markup Language)という架空のマークアップ言語を用いてこの本を記述するというアイデアが面白い。この形式だと簡潔に主人公の状況や感情、また補足情報などを伝えることが出来るし、読む側にとっても刺激的で新鮮な感覚を味わうことが出来る。そしてこの形式を用いていることが最後のオチにもつながっていく。よく出来た構成だ。

 

 物語は、互いが互いを気にかけあうようになった世界が舞台となっている。今でも昔に比べると確かに人々は徐々にマイルドになってきているように感じる。人を傷つけることに敏感になり、タバコや酒、車の運転などのリスクを恐れるようになってきた。テレビなどを見ていてもそれは顕著に感じる事だ。挙句の果てには「野党は批判をするな」と本末転倒な事を言い出す人がたくさん出てくる始末。この傾向が続けば、その先にそういう社会が訪れても不思議ではないように思える。

 

 ただその一方で、SNSなどを見ていると怒りや憎悪が渦巻き、反射的に罵詈雑言をまき散らしている人が大勢いるわけで、この負の感情を抑えるのはなかなか難しい気がする。みんな他人には優しさを求めるくせに、自分自身は他人に優しくするつもりはあまりないのではないかと思ってしまう事さえある。この心に潜む攻撃性をどう飼い慣らすかが、最大の関門になりそうだ。

 

 みんなは、生府のみんなは決めつけてくれる人間が好きなんだよ。何かを決めてくれる、決断してくれる人間のまわりには「空気」が生まれる。科学者はそれが苦手なんだ。だって、正しいことっていうのはいつだって凡庸で、曖昧で、繰り返し検証に耐えうる、つまらないことなんだから。

単行本 p202

 

 空虚だが刺激的な事を次々と大きな声で言う人を持て囃し、地道に根気よく問題を訴える人に対しては「いつまでやってるのか」と叩くことや、どういう理論でマウントを取れるのかが謎なのだが、「空気」を重んじて学者や学問を軽視する傾向にあることも現在と状況が似ているように思える。今は煽情的にやっているが、これをマイルドに出来るようになってしまったら、確かにより困ったことになってしまいそうだ。

 

 

 物語は、主人公がテンポよく事件の真相に近づく糸口を見つけ出し、順調に解明に近づいていく。重要人物たちももったいぶることなく、あっけなく現れる。あっさりした展開に若干の拍子抜けを覚えないわけでもないが、それでも最終的に人類はそんな選択をしてしまったのか、という困惑に似た感情が溢れてきた。もしかしたら妙にあっさりとした展開も、この方が楽でしょ?と人類が取った選択の正しさを証明しようとしているのかもしれない。簡単にエンディングにたどり着いてしまっただけに、逆にその後の余韻がすごく、色々と考えてしまった。

 

 長い年月をかけて進歩してきた人類がたどり着いた結論は、動物に戻るという事だったのか。動物に戻るというよりも、蟻のような集団になったと考えるべきなのか。

 

著者

伊藤計劃

 

ハーモニー (小説) - Wikipedia

 

 

登場する作品

三銃士〈上〉 (岩波文庫)

若きウェルテルの悩み (岩波文庫)

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関連する作品

アニメ映画化作品

 

 

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