★★★★☆
あらすじ
作家の主人公は、幼少期を過ごした世田谷の一軒家で、妻や姪、三匹の猫と住み、一部を友人の社員三人の会社に貸して暮らしている。
感想
世田谷の古い一軒家で大所帯で暮らす作家の男が主人公だ。何か大きな出来事が起きるわけではなく、家を出入りする人々との会話や主人公の思索が淡々と綴られていく。その内容はなかなか小難しく、特に哲学的なものはなかなかな頭に入って来ない時もあった。
ほぼ家の中だけで物語は展開される。各部屋を行き来する様子が詳細に描写されるので、家の間取りを頭に入れておく必要があるのだが、文章だけではうまくイメージ出来ず、序盤はモヤモヤした。だがネットで検索してみたら著者のサイト?に図面があり、それを見てからは問題がなくなった。
http://www.k-hosaka.com/henshu/yomo/yomo.html
主人公は、家や家族にまつわる記憶に考えを巡らせながら日々を過ごしている。それらの思い出は主人公自身のものではなく、家自身が保持してるのではないかと思い至る主人公の話に、段々と家が生き物であるかのように思えてくる。少しオカルトっぽく聞こえるがそうではなく、もっと自然に当たり前のように感じられる何かだ。
「またそうやって叔母ちゃんは、自分の経験を盾にとるー」
「またそうやってあなたは、自分の無知を正当化しようとする」
単行本 p402
主人公と他の住人たちとの会話も興味深い。どこかいつも喧嘩腰の妻や、芯を食っているようないないようなことを言い出す社員の男など、何気ない日常会話なのだがスリリングでもある。
終盤の、二人で全く違うことを話しているのに会話が成立してしまっているシーンは特に印象的だった。映画やドラマと違ってリアルな日常会話はきっとこんな感じで理路整然とはしておらず、互いに喋りたいことを喋っているだけだったりする。傍から見ると全くかみ合ってないのだが、本人たちは気付いてさえいないこともある。
『あ、それ面白い』って思っちゃうと、嘘でも何でもダイレクトに思考回路に流れ込んで、逆に普通の思考回路に入るべきものでも、『面白い』って感情がともなわないと、形だけしか覚えないっていうか、全然見につかないっていうかさあ、そういう感じなんだよ、現代の教育の弊害だよね。
単行本 p148
その他、昨今のネットで真実に目覚めてしまった人たちの頭の中を言い当てているような言葉もあった。
また主人公は、何度か横浜ベイスターズの試合を観戦しに球場に出掛ける。これが唯一の家の外での場面となるのだが、そこでの当時のベイスターズの選手評は面白かった。そして散々な言われようの権藤監督には同情してしまう。これが活字として永遠に残るのかと気の毒になってしまった。
集中力が必要で、よく理解できない個所もあるのだが、なぜかついつい読んでしまう魅力のある小説だ。感覚が広がったような、より俯瞰の視野を手に入れたような、大きな気分になる。
著者
保坂和志
登場する作品
「曠野」 「子どもたち,曠野 他十篇 (岩波文庫 赤 623-6)」収録

