★★★☆☆
あらすじ
パリを彷徨うアメリカ人。
感想
序盤は状況が分かりづらく、たくさん人も出てきて、ストーリーを把握するのが難しく、かなり戸惑ってしまった。しかし、それでも頑張って読み進めているうちに分かってくるのは、この小説にはちゃんとしたストーリーやプロットといったものはないという事だ。
パリでほとんど所持金もなく暮らす主人公の、友人や女性の話、理想や夢、パリへの愛と憎しみ、過去の思い出、そして頭の中に湧き上がるイメージなどが、徒然に語られている。でも人の毎日なんてそんなもので、目的に沿って真っすぐに生きているわけではなく、想定外の事が起きたりして行き当たりばったりの日々を送っている事の方が多い。頭の中も同様で、様々な思いが脈絡もなく次々と現れては消えていく。主人公はそんな小説を書きたいと語っているので、つまりはそれを目指しているのだろう。
ぼくは自由を感じると同時に束縛を感じた―――人が選挙の前に、とんでもない奴ばかりが候補者として指名されているのに、正しい人に投票していただきたいと訴えられるときに感じる気持と似ていた。
p358
そして、そんな中から浮かび上がってくるのは、主人公の自由を求める衝動。頭で考えるのではなく、ありのままでいたいと望んでいる。ただし、そんな自由はいつも素晴らしいわけではなく、楽しいものではない場合もある。主人公には、常に貧しさが付きまとっている。
しかし、この時代はパリに限らないだろうが、空腹やひもじさというのはありきたりのものだった、という事がよく伝わってくる。皆当然のようにお腹を空かせていて、食べるものがなければ闇雲に外を歩きまわり、運が良ければ金を持ってる友人と町で出会っておごってもらう、なんて事をやっている。きっと今、こんなことをやっている人はほぼいないだろう。そう考えると、この小説が書かれた1930年代から約100年で、世界はとてつもなく変わったのだな、としみじみとしてしまった。
小説家を目指していた主人公つまり著者の、パリでの修業時代、下積み時代を描いたといえる物語だが、小説内で、主人公がコツコツと書いているような描写がないのが面白い。それがないために、なんのために主人公がパリにいるのか分からず、当てもなく彷徨っているだけにも見えてしまうのだが、この小説自体が主人公がずっと書いていたものという事なのだろう。
著者
ヘンリー・ミラー
登場する作品
「永遠の夫(永遠の良人)」
「Es wär' so schön gewesen(げにそは美しかりき)」
「Roses of Picardy(ピカーディの薔薇)」
ガルガンチュア ガルガンチュアとパンタグリュエル1 (ちくま文庫)
「The Diverting History of John Gilpin : complete with original Illustration (Illustrated) (English Edition)(ジョン・ジルピンズ・ライト)」
「ヘルマンとドロテーア (岩波文庫)(ヘルマンとドロテア)」
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