★★☆☆☆
あらすじ
なかなか筆のすすまない小説家の男は、かつて入手するも途中で紛失し読了できなかった不思議な本の存在を思い出す。直木賞候補作。
感想
「千夜一夜物語(アラビアンナイト)」を意識した小説で、まずその複雑な物語の構造や多くの人によって話が継ぎ足されていってしまったエピソードなどが紹介される。子どもの頃にその中のいくつかの物語を見たり読んだりしたことがあるくらいだったので、この本にそんな不可思議な成り立ちの秘密があるとは知らず、なかなか興味深かった。
そしてこの小説ではそれと似たような事をしようとしている。まず著者と同じ名前の主人公がかつて読んだ謎の本「熱帯」の存在を思い出し、その謎を追ううちにどんどんと物語の深みにはまっていく。物語の中で物語が始まったり、また別の物語が始まったりと語り手が次々と変わるので、気を抜くと誰がいつどこの話をしているのかが分からなくなるほどだ。だがこの少し奇妙で不思議な物語がどうなっていくのか、その続きが気になって惹きつけられる。
紆余曲折を経た後で、ついに謎の本「熱帯」の中身が明かされていく。長い助走だったが、それがあったからこそ違和感なく摩訶不思議な物語世界に入っていけた。それまで描かれてきた現実世界との薄っすらとした関連性も感じられて、想像力を刺激するような内容だ。
だが物語が進むにつれ、話は急激に失速していく。あまりに奇妙な出来事ばかりが起きるので、どんどんとワケが分からなくなっていってしまった。おそらくどれも意味があるのだろうが、それを書き表すことだけに意識が行ってしまい、物語の面白みが失われてしまったような印象だ。何よりも主人公が何をしたいのかが分からないので、ただ無の感情で彼の言動を追うだけになってしまったのが辛かった。
なんとなくやりたかったことは分かる意欲作ではあるが、頭でっかちになってしまった気がする物語だ。作者自身が物語の深みにはまってしまった。序盤が面白かっただけにとても残念だった。
リベンジとして(著書自身が本作をどう評価しているのかは分からないが)、本家「千夜一夜物語」から「シンドバッド」や「空飛ぶ絨毯」がひとり立ちしたように、著者がこの面白かった部分をいくつか抜粋して膨らませ、新たな作品にして見せたりすると楽しいことになるかもしれない。
著者
登場する作品