★★★★☆
あらすじ
1996年、アトランタオリンピックのイベント会場で爆弾を発見し、多くの人の命を救った警備員の男は、当局により容疑者として執拗な捜査を受けるようになる。
事実を基にした作品。
センテニアル・オリンピック公園爆破事件 - Wikipedia
感想
序盤は、主人公が真面目で融通が利かず、正義感が強すぎて暴走しがちな変人として描かれる。何かのはずみで犯罪者になってしまうのではないかと思ってしまうヤバさがあった。
だがそんな変わり者だからこそ彼は爆弾を発見できたと言える。これは警備員であれば適切に対処してしかるべき当然の仕事ではあるのだが、ほとんどの警備員が一生に一度も遭遇することがないような事態でもある。最初の頃は不審物発見時のマニュアル通りに対処していたとしても、それが危険物であることはまずなくて、そんな空振りが続くうちに今回もまたどうせ違うのだろうと思い込んで真剣に対処しなくなる。
テロが多発するような地域ならまた話は違ってくるが、そうでない場所でならそうなってしまう気持ちはよく分かる。だから万が一に備えているはずのSPが、万が一の時に仕事が出来なかったりするわけだ。だが真面目な主人公は、そんな周囲の空気に流されることなく、愚直に基本通りに動くことが出来た。オオカミ少年になることを恐れない彼の実直さやハートの強さには感心してしまう。
主人公は一躍ヒーローとなるが、その数日後には容疑者にされてしまい、今度は悪者として扱われるようなる。手の平返しで過熱するマスコミや、徹底マークする当局に執拗につけ狙われるようになるのだが、爆弾発見を可能にした彼の変わり者の性格が、今度は疑惑を持たれる要因にもなってしまっていて、もはや皮肉としか言いようがなかった。
しかしそれにしても当局の対応は酷いものだった。主人公が従順なのをいいことに、騙して書類にサインさせようとしたり、弁護士の目を盗んで接触を図ろうとする。そもそも記者や弁護士が、彼は犯人じゃないとすぐに確信できたほど明らかなアリバイがあったのに、それを敢えて無視している。彼が犯人であることを証明するのではなく、犯人に仕立て上げようとしているようにしか見えなくて恐かった。
そんな怖ろしい状況にもかかわらず、主人公は怒るでもなく嘆くでもなく、淡々としている。それどころか当局の恣意的な捜査にすら積極的に協力しようとする。これは彼が国家権力を信用しきっているからだろう。信奉していると言ってもいい。やってないのだから協力すれば絶対に無実だと分かってもらえると無邪気に信じている。
たまに国家権力の濫用が危惧される法案が提出されることがあり、それに懸念を示す人たちを「国がそんなことをするわけがない。考えすぎだ。」と揶揄する人たちがいるが、主人公もそういう風に考えるタイプなのだろう。だが彼の弁護士が言っていたように、権力は人を簡単にモンスターに変えてしまう。彼の考え方はさすがに甘すぎると言わざるを得ない。
そして実際にそのターゲットになってしまった時、被害を訴えればそれまで自分と同じ考えを持っていた仲間たちに攻撃されることになる。彼らからしたら一転して権威を攻撃し始めた裏切り者だ。なにごとも盲信はよくない。
そんな苦しい状況が続く中での主人公の振る舞いを見ていたら、どんどんと彼がいい奴に見えてくるから不思議だ。プレッシャーで取り乱したりしそうなものなのに、彼は決して自分を見失わない。母親想いの心優しい男で、自分の信念を貫く強い男でもある。悪い奴ではないが変な人、といったイメージががらりと変わる。このパターンは珍しい。
野心家の女性記者が簡単に態度を変えてしまうのは安易すぎるように思えたり、なにかの伏線かと思っていたのに何でもなかったシーンがいくつもあったりと、若干気になる部分はないわけでもない。特に事件直前の現場付近で観客が写真を撮っていたシーンは、後にこの写真が重要な証拠になるのだろうなと予想していたので見事に肩透かしを食らってしまった。だがこれらのシーンは監督のいたずら心で、敢えての意図的な演出のような気がしないでもない。
主人公演じるポール・ウォルター・ハウザーや弁護士役のサム・ロックウェルの演技も素晴らしく、重厚感があって見入ってしまうような見ごたえのある映画だった。
スタッフ/キャスト
監督/製作
脚本 ビリー・レイ
製作 ティム・ムーア/ジェシカ・マイアー/ケヴィン・ミッシャー/レオナルド・ディカプリオ/ジェニファー・デイヴィソン/ジョナ・ヒル
出演 サム・ロックウェル/キャシー・ベイツ/ジョン・ハム/オリヴィア・ワイルド/ポール・ウォルター・ハウザー
音楽 アルトゥーロ・サンドヴァル