★★★★☆
あらすじ
幼い頃に一度見捨てられた事を根に持ちながらも、今は年老いた母親の面倒を見る作家の男。井上靖の自伝的小説が原作。
感想
いつもの事だが、年老いた母親役の樹木希林が本当に良い演技をしている。ボケてるのかボケてないのか、まともなのかまともじゃないのか曖昧な、その間を行ったり来たりしながら年老いていく。
呆けた表情で意味なく近くのものをいじったり、すました顔で憎まれ口を叩いたり、取り憑かれたように何かに集中したりと、老人特有の滑稽さがにじみ出る迫真の演技。他の女優がやっていたらこんなにも惹き付けることは出来なかったと思う。
そしてもう一つ、どうしても目がいってしまうのが役所広司演じる文豪の余裕のある暮らしぶり。広い屋敷に美しい娘たち、さらにお手伝いさんや運転手までいて羨ましい限りだが、実際に井上靖はこのような生活をしていたのだろうか。
この余裕があるからこそ、わだかまりのある母親とちゃんと向き合えたというのもあるはずだ。母親の世話をするための金銭的な問題はなかっただろうし、何か会話をすればそれが作家としてのネタになる。だからたとえ溝が深まるようなやり取りになるとしても、何も恐れることなく積極的に関わっていくことが出来た。きっと心に余裕がなければ、ただ疎遠になって真実に気づくこともなかったはずだ。
主人公が母親に抱いていた誤解が解けていく過程も上手く描けている。母親がときおり見せる意味不明の言動を、お年寄りだからとあまり深く考えずに流して見ていたが、それらが実は伏線となっている。真相がわかった時に、それらの意味不明だった言動が何を意味していたのかがはっきりとして、泣きそうになった。
母親との別れも無駄に盛り上げるのではなく、静かに悲しみがこみ上げてくるような、しみじみとする描き方で良いラストだった。
スタッフ/キャスト
監督/脚本/編集 原田眞人
樹木希林/ミムラ/南果歩/キムラ緑子/真野恵里菜/菊池亜希子/三浦貴大/三國連太郎/小宮孝泰/内田也哉子/大久保佳代子
音楽 富貴晴美
編集 原田遊人