★★★★☆
あらすじ
女中として宮廷に入った没落貴族の娘は、側近や女王に取り入り、出世していく。
アカデミー賞主演女優賞。120分。
感想
没落貴族の娘である主人公が、宮廷の女中から女王の寵愛を受けるまでを描く。貴族の娘が下働きの女中になるなんてなかなかに波乱万丈だが、よくあることだったのだろうか。宮中の貴族同士で割とカジュアルに、そのうち娼婦になるかも、などと噂し合っていたりして、階級の上と下の距離がとても近いような気がした。
日本の中世でそんな話はあまり聞かないような気がするが、取り潰された藩の一族とか、末端の貴族ではそういうことがあったのかもしれない。セーフティーネットなんてないのだから、落ちるときはどこまでも落ちていきそうだ。
働くために宮中にやってきた主人公が、馬車から突き落とされたり、騙されて汚れたままの格好で雇い主に挨拶させられたりと、いきなり嫌がらせをされまくる初日の様子には震えてしまった。その後も同僚らの嫌がらせは続くが、泣いたり怒ったりすることもなく、気丈に振る舞う主人公には朝ドラのヒロインぽさがあった。
主人公の様子と同時に、女王とその親友で側近の女の関係も描かれていく。王としての重責や孤独感、体の不調などから精神的に不安定な女王を、主人公の雇い主でもある側近が叱咤激励しながらサポートする関係だ。ただのイエスマンではなく、言うべきことをちゃんと言ってくれる側近は、女王にとって貴重でありがたい存在なのはよく理解できる。ただ、女王の周辺に親兄弟などの身内の家族が一人もいないのは気になった。
そんな二人の関係に主人公は割って入ろうとする。健気に見えた主人公が計算高く動き、その野望に気付いた側近は驚き、警戒を強めていく。女王はそれらの動きに気付きながらもそれを利用してうまく二人を操ろうとしている。爽やかな朝ドラみたいだったのに、いつの間にかドロドロの権力闘争になっていた。そしてこれが面白い。
主人公が、国のために手を組もうと申し出てきた側近のライバルの男に、自分は国家なんてどうでもいい、ただ自分のために行動する、たまたま利害が一致するから組むだけだ、と言い放つシーンは、成り上がりのヤンキーぽくてカッコ良かった。愛国ビジネスをやっている人たちもこんな風に、国のためではなく金のためにやっていると言い放ってくれれば好感が持てるのにと思ってしまった。
主人公は、女王や男たちとも対等に渡り合う。だが、男に襲われそうになるとすぐに諦めて、さっさと済ませてと無抵抗になるのは解せなかった。時代的なものや、襲ってくるのが身分の高い男だからあきらめてしまうのかもしれない。苦労してきたのでもしかしたら、そうすると逆に男たちが紳士的に振る舞おうとすると学んだ可能性もある。実際に結局一度も襲われなかった。
そんな主人公が、彼女に好意を持った男が近寄ってきた時に、本気で平手打ちをしたり蹴ったりと、ボッコボコにしていたのには笑ってしまった。それなのに男は仲良くじゃれ合っているつもりでいる。
バチバチの戦いの中、ついに主人公は女王陛下のお気に入りの地位を勝ち取る。返り咲きを狙う側近が女王へ送った心に訴える手紙を盗み読み、胸を打たれて涙を流しながらも、そのまま燃やしてしまう彼女の姿には痺れた。彼女がただの冷血漢ではなく、ちゃんと人の気持ちを解する心を持っているが、それでもあえて心を鬼にして修羅の道を歩んでいることが伝わってくる。
衣装やセットが華やかで、メインの三人の女優の演技も素晴らしく、総合的に楽しめる成り上がり物語だ。こういう歴史ものは重苦しくなりがちだが、時にコミカルで軽やかさがあるのがいい。
決着がついて我が世の春のはずなのに、気が抜けたのか呆けたようになった主人公の物憂い表情が印象的だ。そして女王もこれで良かったのかと思い始めている。
スタッフ/キャスト
監督/製作 ヨルゴス・ランティモス
脚本 デボラ・デイヴィス/トニー・マクナマラ
出演 オリヴィア・コールマン/エマ・ストーン/レイチェル・ワイズ/ニコラス・ホルト/ジョー・アルウィン/マーク・ゲイティス
撮影 ロビー・ライアン
編集 ヨルゴス・モヴロプサリディス
登場する作品
アン女王/アビゲイル・メイシャム/マールバラ公爵夫人サラ(サラ・ジェニングス/ロバート・ハーレー/サミュエル・マシャム大佐/マールバラ公爵ジョン(ジョン・チャーチル)/シドニー・ゴドルフィン