★★★☆☆
あらすじ
核戦争で人々が死に絶えるも地理的条件によって汚染を免れて生き残り、たった一人で暮らしていた女は、ある日一人の男と出会う。
原題は「Z for Zachariah」。98分。
感想
核戦争後の世界をたった一人で生きていた女の前に、ある一人の男が表れたことから物語は始まる。どんな人間か分からず、何かされるかもしれないのに、弱った男を助けて必死に看病する彼女の献身ぶりには感心した。孤独に疲れていたのもあるだろうが、父親が牧師で信仰心が強いゆえの行動に見える。
やがて二人の共同生活が始まる。宗教観や労働観の違いなど二人の間には価値観のズレが垣間見え、また男には人種の違いを気にしていることも窺えるが、おおむね順調だ。世界にたった二人しかいないのだと思えば、大体のことは許容できるはずだ。
そして一つ屋根の下に暮らす若い男女に、そのうち起きることと言えば決まっている。しかし、自分たちは地球上に残されたたった一組の男女であると意識したら、子孫を残さなければならないと義務感を覚えるものだろうか。
そんな二人の世界に新たな男が現れる。それまでの安定した関係の二人から、微妙な三角関係へと変わってしまう。元からいた男にすれば、女に選択肢が出来たことに穏やかではいられないだろう。新たな男も当然女を意識しているようである。ここからドロドロとした愛憎劇が始まるのかと思ったが、そうはならない。互いに意識する様子はありながらも、表面上は穏やかな暮らしが続いていく。
これは三人の倫理観が高いからであるが、序盤に「アダムとイブ」のアダムの本が登場したことが示唆しているように、宗教的な暗示が込められた物語だからでもあるだろう。男が酒に酔いつぶれたり、女が二人の男を誘惑したりと戒律に反することをしているし、教会という宗教施設を取り壊して、電気という文明を得ようとしていることも象徴的だ。
原題は「Z for Zachariah」で、A(=Adam)から始まった人類の歴史がZ (=Zachariah)で終わりを迎えようとしていることを示している。ザガリア(Zachariah)は聖書に登場する人物で、もう老年であきらめていたのに子供を授かった男だ。終わろうとしていた人類の歴史が振出しに戻り、また再び始まることを表しているのだろう。
ちなみに原題とはかけ離れ、しかもあまり見る気がしない邦題は、原作の邦題「死の影の谷間」にちなんでいるようだ。これはザカリアが登場するルカ福音書の一節から取られているそうで、適当に付けたタイトルというわけではなかった。ちゃんと考えられている。
ラストは意味深だったが、あとから来た男は、前夜の女の態度から新たなアダムは自分ではないと悟っていたのだろう。自ら手を離してしまったような気がする。二人の男に激しい感情はなかった。そして残った男女は原罪を背負うことになった。後味の悪さはそれだ。
地球に残された女一人と二人の男の物語、という説明から想像するよりも控えめな内容だが、それから想像するよりは中身の濃い物語となっている。たった三人しか登場しない役者陣の繊細な演技も素晴らしく、地味ながら深みのある映画だ。
スタッフ/キャスト
監督 クレイグ・ゾベル
製作 シガージョン・サイヴァッツォン/ソール・シグルヨンソン/スクーリ・Fr・マルムクィスト/ソフィア・リン/マシュー・プルーフ/トビー・マグワイア
製作総指揮 ゲイリー・ロス/クレイグ・ゾベル/クローディア・ブリュームフーバー/フローリアン・ダーゲル/ロバート・ウィリアムズ/ティモシー・クリスチャン/ライアン・R・ジョンソン/バリー・ブルッカー/スタン・ワートリーブ/ジム・セイベル/ビル・ジョンソン/アラ・ケシシアン
出演 マーゴット・ロビー/キウェテル・イジョフォー/クリス・パイン