★★★☆☆
内容
カート・ヴォネガットの没後に出版された未発表短編集。
感想
収められた短編の中で「FUBAR」が一番気に入った。入社時に配属先のスペース不足でただ一人別の場所にデスクを与えられた男。一時的な処置だったはずなのに、そのまま存在を忘れ去られ、誰とも交流することなく孤独に仕事を続けている。
個人的には誰にも監視されず好き勝手出来るので、そんなの天国じゃん、と思ってしまうのだが、主人公はそうは思っていない。組織に忘れ去られ、大した価値もない仕事をしているみじめな男だと自己評価をしている。彼の秘書として配属された新人女子社員が、そんな彼の意識を変えようとする。
「かわいそうな自分が大好きで、それを変えるようなことをしたくないなら」
単行本 p43
怖気づく主人公に、女子社員が勇気を奮い起させるためにかけた挑発的な言葉だが、確かにこんな人を世の中で見かけることは割合ある。「かわいそうな自分」というものにアイデンティティを置く人間。周りがいくらポジティブな側面を指摘して希望を持たせようとしても、それを頑なに認めない人。すべての面でそういう人は少ないかもしれないが、仕事や恋愛、勉強など、ある一面についてはそういう傾向を見せる人は多いかもしれない。
心の持ちようで、世界はどのようにも見ることができる。状況は全く何も変わっていないのに灰色の世界が急に楽園になるというこの物語は、とてもポジティブな気分にさせてくれる。
物事の見方を変えてくれる意味では、化石を並べて蟻の進化を推察する「化石の蟻」も面白かった。舞台はソ連で科学者の推察は共産主義による衰退を示唆しているのに、政府高官の推察は、勘違いからだが、民主主義による退廃を示唆する。
その他の短編も、どれも毛並みが違い、バラエティに富んでいて読みごたえがある。ただいくつかはオチが良く分からないものや、何度も読んでようやく意味が通じるものがあったりして、少しモヤっとする部分もあった。
著者 カート・ヴォネガット
登場する作品
[BEYOND THE STANDARD] ベートーヴェン: 交響曲第5番「運命」 / 吉松隆: サイバーバード協奏曲